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[1]ヴァイオレットエンジェル

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ヴァイオレットエンジェル 《もくじ》
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 弘樹は部屋でベッドに横になっていた。

 気のせいか部屋が男臭い気がする。

 最近ずっと部屋にいたからな……。

 弘樹は最近柄にも似合わず買ったパソコンに目をやった。

 電源はついていない。パソコンを触る気にもなれない。頭がもやもやした。
 窓を開けて、換気をしようとした。外気がなだれこんでくる。
 弘樹はぼうっと空を見上げてため息をついた。その時、何かがちらりと光った。
 道路に人影が。あいつだ。弘樹は思った。窓に足をかけ、

 とうっ!!!

 と、飛び降りる。久しぶりの二階からのダイブだったが、うまく着地した。
 人影は慌てて逃げようとする。弘樹は全速力で走った。
 人影は足が遅く、途中でわき腹を押さえて道路に倒れこんだ。
 こいつ運動不足か?と思いながら羽交い絞めにする。紫色の髪が弘樹の鼻を掠めた。
 仰向けにすると、人にあらざる金色の目が飛び込んできて、弘樹はびくっと手をひっこめた。
その人物はじりじりと後ずさる。

「君は……」

 ごくり。

 弘樹は肌があわ立つのが分かった。

「僕が見えるの?」

「な、何いって……」

「弘樹!!」

 繭が二人のほうへ走ってくる。紫色の人物はばっと起き上がって走り去った。
 弘樹は追うのも忘れてその姿を見つめた。
 曲がり角を曲がって見えなくなった途端、巨大な鳥が曲がり角から飛び上がっていった。
 弘樹にはそれが、人の姿に見えた。

 呆然と座り込む弘樹の前に、繭が仁王立ちをする。
 しなやかな手を振り上げて、弘樹の幼いシルエットの頬にばしんと手を振り下ろした。

「何かあったらどうするんだ!!」

 激した口調で繭が叫ぶ。弘樹が唇を引き結ぶ。

「ご、ごめん……」

 ため息。

 どちらが?

「帰るぞ……」

 繭が家のほうに歩き出す。逃げた人物の髪は紫色で、それはともかく、目が金色だったこと。
それを弘樹は繭に言い出せずにいた。

 翌日。

 弘樹は腫れてしまった頬を今更冷やしながら、ぼうっとしていた。

 目は金色だったが、あれはコンタクトレンズだったのではないか?

 という結論に弘樹は達していた。そうだ、きっとそうに違いない。
 弘樹は一人でうんうんと頷き、アイスノンを握り締めた。

 では。

 では、あの巨大な影はなんだ?

 鳥ではない。あの大きさは。

 いや、鳥なのかもしれない。

 弘樹はむんむんと唸りながらパソコンの前に座った。
 電源を入れて、お気に入りからとあるページに飛ぶ。

 極楽地獄。

 白い羽のある壁紙にそんな字が躍っている。
 閲覧者1000人を、ようやく突破したところという小さなページだ。

 弘樹はなれない手つきで下にスクロールしていく。

 目指すは掲示板だ。

 たまに管理人二人がやっている日記も見てみるが、
 どうやら女性であるらしいというほかはよくわからない。

 なにやら今日はものすごくよく寝たとか、体重の変動とか、落書きとか、
 そんなものばかり載せてある。

 弘樹はあまり興味がなかった。

 掲示板でのささやかな交流が、今の弘樹にとってはちょっとした社会とのつながりでもある。
掲示板では、見知らぬ他人とひと時の交流が楽しめる。

 勿論、他の星の数ほどある掲示板となんら遜色はない。
 ない、が、ちょっと変わった書き込みがあるのだ。



 HN 天使

 今日も貴方の行動を見ています。

 貴方は天使40%悪魔60%。

 他の利用者は荒らしだと思って無視しているが、弘樹はこの書き込みがどうしても気になった。
パーセンテージが異なる別の書き込みも幾つかあって、弘樹はちょっかいを出すような気持ちで
天使にコメントを残してみたが、反応は返ってこなかった。

 なんだろうなあ……。

 弘樹はぼうっと考えた。

 こうして気になってしまうのも、外に出ると、不思議な視線を感じるからだ。
 見られているような気がして振り返っても、誰もいない。
 視線があった場所に戻ってみると、鳥にしては大きな白い羽が残されているばかり。
 だからといって、天使……?馬鹿げている。

弘樹は何故この馬鹿げた書き込みが気になるのか、考えた。

 こんこん。

「あー……」

 ドアが開いた。ひょこっと愁が顔を覗かせる。唇をきゅっとさせて、
 む~~~~っとした顔でこちらを見ている。

「何だよ……」

「暇だあ……家いるのもう飽きた……」

「外に行け」

「嫌だよう……」

 愁がとことこと部屋に入ってきて、ぽふんとベッドに座る。

「煙草くさーい」

「うるせっ」

 弘樹は、昨日あったことを愁に話そうかと考えた。
 外に出ると、誰かに見られている気がすることも話そうかと思った。
 パソコンに向かったまま、弘樹は頬杖をついてぼうっと考えた。

 何故誰も外に出ないのか。昨日の……不審人物のことがあったからか?

「きぎゃああああ!!!」

 ばっと愁と弘樹は顔を見合わせた。今の微妙な叫び声は……。

「「部長だ!!」」

「いやーーーーーーっ」

 がたんがたんと騒々しい物音。愁と弘樹は階段を駆け下りた。
 台所に行くと、和実が紫色の君をエプロン姿でげしげしと蹴りながらきゃーきゃー叫んでいた。

「ああっ、愁!弘樹!変態がっ、変態がっ!!」

「どっちかっていうと変態は部長のほうじゃ……」

「何を言うんだ!とにかくこいつ縛ってくれ!!」

「ほら、やっぱりへんた……」

「愁、馬鹿言ってないでとにかくこいつ縛るぞ」

 三人はわいわい言いながら謎の紫色の人物を後ろ手に縛り上げた。
 紫色の人物はしょんぼりとうなだれて、されるがままになっていた。

「で……何があったんだ?」

 弘樹が腕組して言う。和実がそれがね、と前起きした。

「ここでお昼ご飯作ってたら、こいつがいきなり闖入してきて……」

「ちゃんと玄関から入りました……」

 ぼそぼそと紫色の頭が言う。愁が耳を近づけた。

「おじゃましますって……いったもん……僕悪くないもん……」

「なんかいってるよこの人」

「そんなのどうでもいいじゃねえか。さっさと警察呼ぼうぜ」

「無駄です」

 きっと頭を上げて、紫頭はいった。

「僕は他の人からは見えないんです。警察を呼んでも無駄です」

 三人は顔を見合わせた。

「こんなこと言ってるよ……」

「変な子だ……」

 その時、上から繭と香夜が降りてきた。紫頭を見ると、目を大きくした。

 弘樹は紫頭が家に入ってきたと説明した。

「僕は他の人には見えないんです」

 繭は黙って紫頭を見つめた。

「君、名前は?」

「ヴァイオレット」

 弘樹がヴァイオレットの目を覗き込んで指で触れた。

「痛い痛い痛い!!」

「これコンタクトじゃねえぞ」

「何ですかコンタクトって」

「…………」

「とにかく、誰か呼ぼうよ。不審者なんだから」

 愁がそう言って電話をプッシュした。しかししばらく経ってから来た警察は、
 不審そうにヴァイオレットから少しずれた位置を見て、

「どこにいるんですか……?」

 といった。五人は顔を見合わせた。

 警察官が帰ったあと、五人はヴァイオレットを交えて緊急会議を開いた。

 和実が全員の前に飲み物を置いて、ヴァイオレットには頭から水をかけた。

「何するんですか!」

「いや何となく……」

 ヴァイオレットはむっとした顔で、ぱらりと縄を解いた。

「あっ、てめー逃げる気だな!」

「ナイフを隠し持ってるんだ!!」

 弘樹と愁がぎゃーぎゃー騒いだ。繭が方膝を立てて冷めた目でヴァイオレットを見ている。
 香夜も大人しくコーヒーを飲んでいる。和実はお菓子を出してきて食べ始めた。

「……わざと捕まった……というわけだね」

 繭が静かに言った。ヴァイオレットはにっこり微笑む。

「僕が何者か、貴方がたに見せておく必要があるらしいですね……」

 ふわりとヴァイオレットの服の裾が舞って、ばっと部屋一杯に悪魔の羽と天使の羽が広がった。

 舞う羽、黒い波紋……。それらは六人の周りでひらりと泳いで消えた。

 すうっと羽が消えていく。五人はそれを息を呑んで見守った。

「僕は、貴方がたとは異質の存在、強大な“力”を持つ者」

 ヴァイオレットの人差し指からヴンと小さな魔方陣が発生する。
 それはくるくると回って、ヴァイオレットの紫の髪を揺らした。

「僕が人差し指をひとふりするだけで、人一人消滅する。
そして、どんな人間にもそれに抗う力はない……おわかりですか?」

 極上の笑み。悪魔のような……。弘樹は戦慄した。
 それは、少なからず他の四人も同じようだった。全員が凍りついたまま動けない。
 ヴァイオレットは手を下ろして、こほん、と咳払いをした。

「ですが……僕は貴方たちを消しに来たわけではありません……」

「何か要求がある……そういうことだな」

 繭がひくい声でいった。

「そう……頭のいい方よ。僕としては、そう……貴方がたの“行動”を見させてもらえれば十分ですよ」

「行動……?」

 香夜が不審そうに言う。

「そう、貴方がたの、善行!を僕は記録しに来たのです」

 ヴァイオレットがにこにこする。愁が唇を尖らせた。

「というのもですね。貴方がたにはここ最近、天使が見えるようになっている。
だから普段姿が見えない天使も、貴方たちにかかれば全部見えてしまう……」

 そうなの!?といわんばかりに愁がきょろきょろする。これには全員驚いた。
 というのも、それぞれが謎の羽の生えた生物を見るようになったのは自分だけだと思っていたからだ。

「それでですね、天使としては非常にやりづらいわけです。
姿が見えてはいけない。けれどこのままほうっておけば、貴方がたの悪行ばかり悪魔が記録して、
結果的に貴方がたは地獄行きになってしまうのです」

 がーん。

 地獄!!

 弘樹は仰天した。それ困るぅ。と和実が言った。

「まあ天国にいけるとは思ってないけどさ……」

 愁がぼそりといった。

「それでですね!僕は貴方がたが天国に行く可能性が出るように、善行を記録しに来たってわけです!」

 ヴァイオレットがはりきった口調でいう。

「でも貴方も姿が見えるんなら他の天使と一緒じゃないの?」

 香夜がずばりと言った。ヴァイオレットがうっと胸を押さえた。

「そうだそうだ!」

「帰れ帰れ!!」

 弘樹と愁がやいやいとはやしたてる。ヴァイオレットはううっ、と呻いてきっと二人を睨んだ。

「知りませんよ!そんなのルー様に言ってください!」

「ルンバ!?」

 愁がきょとんとする。

 そんなわけで、

 五人は半ばヴァイオレットに脅される形で、この展開を受け入れることになったのだった。





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