ヴァイオレットエンジェル
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身律香夜は風呂に入っていた。 夕食前の入浴を、彼女は好む。 今日の夕飯は何にしようかしら…………。 豊満な胸に浮いた水滴を見つめながら、香夜は考えた。 年をとると肌を水滴がはじかなくなるというが、本当だろうか。 ざばりと湯船から上がって、ざっと身体に湯をかける。 しなやかに反った背骨を、白い胸の間からへそにかけて、そして足の間をお湯が流れ落ちていく。 彼女は脱衣所に出て体にバスタオルを滑らせ、下着を身に付けた。 しかし、パジャマが見当たらなかった。 香夜は湯に温められた熱い吐息を吐いて、がらりと脱衣所のドアを開けた。 ぺたぺたと冷蔵庫の前まで歩いて、牛乳をコップに注ぐ。台所の椅子に座る。 正面には、机に突っ伏したヴァイオレットがいた。 紫色の髪が電気に照らされてつやつやと輝いている。 香夜はごくごくと牛乳を飲んだ。滴った雫がショーツに少しかかる。 髪から流れた雫が肌理の細かい肌を濡らした。 ヴァイオレットがのろのろと顔を上げる。机、コップ、と視線が上がってきて、 ばん、と香夜の胸に目が留まった途端がたっと後ろに仰け反った。 「な、なんで裸なんですか!?」 「下着は履いてる」 「な、何か着てください」 わたわたとヴァイオレットが自分の目を隠す。 香夜はおもしろそうにヴァイオレットの反応を見つめた。 「へえ……天使でもそんな反応するんだ」 「悪魔の血も入ってるんですけど……」 「聞いた」 香夜が牛乳のついたくちびるをなめる。牛乳パックから牛乳を注ぎ足した。 「うちの男共の中では、弘樹くらいしかそんな反応見られないから……」 面白いわ。 にやっと香夜は笑う。 あううう。ヴァイオレットは意味不明なうめき声を発して再びぱたんと机に突っ伏した。 「きっと繭なら、どうした、少年。とか言うわね」 「……………」 「どうした、少年」 ごそごそと冷蔵庫からいちごを取り出して、はぷ。 と香夜はかぶりつく。ヴァイオレットは机に突っ伏したままぽつ、ぽつ、と 今日の出来事を話はじめた。香夜は相槌ひとつ打たなかった。 話し終わる頃、上からがたんと音がして、軽快に階段を下りてくる足音がして、 繭が台所に顔を出した。香夜が下着姿のまま立ち上がってばちんと繭とハイタッチした。 香夜のいた席に座ると、それで?と先を促す。 「聞いてたのは香夜さんでは……?」 「今のバトンタッチで総てが伝わった」 繭はにこりともせずに言う。 「馬鹿にしないで下さい!」 「ああ、最初から話してくれ」 「…………」 ヴァイオレットはしぶしぶもう一度今日あったことを話しはじめた。 繭はひくい声で相槌を打ちながらアイスコーヒーを二人分入れた。 「そうか……和実が迷惑をかけたようで、悪かったな」 代わりに謝る。 繭はちっとも悪くなさそうな顔で言った。 ヴァイオレットは憮然とした顔でぐっとコーヒーを煽り、ぶーっと噴出した。 「何コレ、苦いっ」 げほげほとむせながらヴァイオレットは口を押さえた。 繭は顔色ひとつ変えず雑巾で拭い始めた。 「す、すいません」 「気にしなくていい」 「ああー……」 ヴァイオレットはぴらっとべちょべちょになった服をつまんだ。繭はそれを見て、 「魔法……とかで代えられるのではないか?」 「それが……服、だけは出せないんですよ……」 ほう。繭は腰に手を当てた。 「俺の服はサイズが合わないから……愁か弘樹に借りるか」 繭の身長は180近い。対して、ヴァイオレットの身長は167センチだ。 「い、いいです。そんな……。僕は風邪とかひきませんから」 「何を言ってる」 繭はわからないくらい、微妙に口元を上げた。 「ローザ嬢の言う、仲良くなるチャンス、ってやつだろ?」 ヴァイオレットはうっすら目を見開いた。 「繭さん……もしかしてわざとコーヒー出しました?」 「馬鹿を言うな」 繭はすたすたと二階に上がり始めた。ヴァイオレットは首をかしげながら後ろからついていった。 こんこん。 弘樹の部屋からは激しいロックが漏れ聞こえてくる。日本語か英語かすらよくわからない。 イエーー!!とシャウトするオーディオからの声がする絶妙のタイミングで、繭はドアを開けた。 ヴァイオレットが後ろで耳を塞いだ。 ダダダダダダダ………。ドラムの連打が聞こえる。部屋は雑誌やらギターやら服で溢れかえっていた。 弘樹はどくろ柄のベッドに突っ伏して、まるで天使のような寝顔で眠っている。 繭がヴァイオレットの耳元で叫ぶ。 「ほら!!親睦のしるしに、君が弘樹を起こすんだ!!」 「なんですってーー!?」 「肩を叩いて起こすんだ!!」 「ええええ!?」 ヴァイオレットは叫んだ。わ、わかりました……と小声で言って、おもいっきり、弘樹の尻をぶっ叩いた。 「ぎゃーーーー!!!」 弘樹は身体を折り曲げて丸くなった。繭がぷちりとオーディオを切った。 「てっ……てめえ……」 ぶるぶると震えながら弘樹が起き上がる。ヴァイオレットが半笑いで口元を押さえた。 「す、すいません……」 「全然悪いと思ってねえだろ!この糞ガキャア!!」 「弘樹、ちょっとこの部屋汚いんじゃないか?」 繭が床に落ちていた弘樹のトランクスを拾って呟いた。ぎゃー!といって弘樹がそれをひったくった。 つー、とむき出しのCDの表面の埃を人差し指で拭って、それをじっと検分する。 「な、何しに来たんだよ繭!」 「ふむ……それがだな。このとおりだ」 ぽん、とヴァイオレットの両肩に手を置く。弘樹がヴァイオレットの服を見て、ああ、といった。 「繭がうっかりこぼしたんだろ?」 「…………」 「困ったもんだよな。待ってろ、なんか貸してやっから……」 クローゼットをがさがさと漁る弘樹が、ちらっと振り返った。繭がてきぱきと雑誌を本棚に納めている。 「繭……そういうお袋みたいなことしなくていいから……」 「衛生的ではない」 「いいんだよ!男なんだからちょっとくらい汚くても!」 「どう思う」 と繭がヴァイオレットに聞く。 「偏見ですね」 「うるせーーー!!」 ヴァイオレットがはっとして弘樹を指差した。 「が、害虫が!!」 「誰が害虫だコラ!」 弘樹が怒って眉を吊り上げる。弘樹の後ろからぶーん、とゴキブリが飛んできた。 「ほら、衛生的にしないから……」 「ちょっと黙ってろ繭!」 弘樹が雑誌を丸めてごきぶりを殺そうとした。繭がヴァイオレットに尋ねる。 「魔法でなんとかできないのか……?」 「ちょっとやってみますね……」 ヴァイオレットが目を閉じた。 沈黙。 ヴァイオレットが目を開けた。 「推定……この家に五十匹はいますね……」 「…………」 「うん。常識ってやつだな」 しばらくゴキブリを探して、いないので弘樹がまず着替えだといいだした。 「いや、まず環境の改善だ」 「それ今じゃなくてもいいだろ繭!さっさと服を探してやろうぜ」 「うむ……似合うやつを頼む」 「似合うやつなあ……」 ごそごそと再び弘樹がクローゼットを探し始めた。 「これ……福袋に入ってたやつだけど……」 ハート柄におっさんの顔が描いてあるTシャツを出してきた。 ヴァイオレットがいきなりくちびるをすぼめた。 「ヴァイオっちが嫌がってる!畜生……なんかねーのか」 「ちょっとどいてくれ」 繭がクローゼットを探し始めた。 「繭、あんまり自分の趣味に走るなよ。黒づくめとか」 「心配するな。ここに俺の趣味の服はない」 「…………」 「む」 繭が黒いTシャツを取り出した。 「ほら黒じゃねえか!」 「うるさい!この柄がいいと言ってるんだ」 「ま、繭にうるさいって言われた……」 がーん、と口で言って弘樹が顔の両側を押さえた。 Tシャツの背中には羽が描いてある。 「あ、これいいかもな」 「あ、できればへそが開いてるほうが……」 「へそが!?すげえ大胆だな」 「そんなものあるのか?」 「そんなものっていうな繭!うーん。そんなものあったかな……」 繭が少し考え込んだ。 「じゃあ……明日買い物にいかないか?」 「おーー!それいいじゃん繭!行こうぜ行こうぜ!」 「ふむ……じゃあこの場は片付けることにしてだな……」 「えーー!!」 というわけで、三人は弘樹の部屋を片付けることになった。 脱ぎ捨てたライダースをハンガーに吊りながら、繭は細い腰に手を当てた。 「……いけない本が出てきそうだな」 「そんなのねえよ!!」 弘樹が顔を真っ赤にする。つられてヴァイオレットも真っ赤になった。 繭が床に落ちたティッシュをくずごに捨てながらふふん、と無表情で言う。 「まあ……健全じゃないか」 「ないっていってるだろ!ちょっと繭部長化してきてるぜ!?」 「部長って誰ですか」 「和実だよ」と弘樹。 途端にヴァイオレットがむすっとした顔になった。弘樹が不思議そうな顔をして繭を見る。 「あの人……嫌いです」 短くそういって、掃除機をかけはじめる。その場はちょっと微妙な雰囲気のまま終わった。 |
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