墜地の果て
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「私と、もう一度、"生き直し"ませんか....」 繰り返し、木霊する声。どこかで聴いた、柔和な声。懐かしさで涙が零れそうな。安堵の声。 小さな男の子は、ゆっくりと、目を開けてみた。 真っ白で何もない空間。 自分は何者で、何をしようとしていたのか。何もかもぼんやりしている。 「続けますか?それとも、他の場所へ生きますか?」 凛とした声が聞こえた。女性の声。 続けるって・・どういうことだろう。他の場所へ生きる・・・行く? その瞬間ふっと底知れぬ闇が、闇という闇が、一番見たくないものが全面に溢れた。 悍ましいもの。汚くて汚くて、この世で、この宇宙でいちばん醜いものがいるとしたら、目の前のそれだろう。と、ぼくは確信した。 それは、「僕自身」だった。 なんだこの怪物は。狂気じみていて、気持ち悪い。奈落の果てまで落っこちた自分。 悲しくて、惨めで、憎くて憎くて仕方がない、蔑まれて意地汚くて、捻じ曲がっていて、救いようがない化け物。 怖くて悍ましくて今すぐ消してしまいたい!全部見なかったことにしたい!何もかも無くなって消えてしまえば良い!! ぼくは・・・こんな結末望んでいなかった!!!!! 少年は叫んでいた。無我夢中で掻き消そうとした。逃げに逃げた。 悲しみが溢れかえっていた。もうどうしようもできない、自分ではどうすることも出来ないくらいに、 その『悪』は膨れ上がりすぎていた。 「たす・・けて・・・・・・・・。・・・・たすけて、たすけてたすけて・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・助けて―――――ッ!!!!!」 少年はついに叫んだ。心からの、最後の叫びだった。最後に残された善意のカケラ、理性のカケラ。 化け物にならなかった部分からの、最後の悲痛な叫びが世界中に響き渡った。 「続けますか?それとも、他の場所へ生きますか?」 またこの声が聞こえた。 続けるって・・・?この地獄の世界を?他の場所へ行く・・ことだって出来るの・・? ぼくは・・・ぼくはこんな結末望んでない・・・!! 変えて、変えて欲しい。 ぼくが幸せになれる未来に。 ぼくはちゃんと、誰かから愛されたい。 誰かに自分のことを、ありのまま、見て欲しい。 ぼくは、このままこんな化け物でいるなんて ・・・嫌だ!! ・・・そう思った瞬間・・・! 少年の周りの景色が一変する。 ぼんやりした心のなかの世界から、はっきりと何か景色が見えてきた。 「・・・・やあ。珍しいお客さんだ。いつぶりかな?」 ・・・うん?聞き覚えがある・・・すごく、覚えがある声だ。 少年は振り返ってみた。 そこには、見慣れた長い髪、波打った金の柔らかい髪。そして天空を思わせるどこまでも澄んだ青い瞳。 「ルーミネイト・・・さま・・」 「やあ、久しぶり、ヴァイオレット。」 「どうしてここに?あれ、ぼくどうしてここにいるんだろ…」 ルーミネイトはふわふわ舞う青色の光をひとつ手に包み、白い光に変えてみせた。 「君は、休息を取りに来たんじゃないかな。一旦。」 「え?休息?ぼくは一体どうなっちゃったんですか?」 状況が全く飲み込めないヴァイオレット。 「現実は現実なようで、夢かもしれない。 夢は単なる夢じゃなくて、こっちの方が現実なのかもしれない。」 よくわからないことを言われ、ヴァイオレットは戸惑う。 「今を大切にすれば、現実も変わる。例えここが夢だとしてもね。」 ヴァイオレットには状況が全く掴めない。 ヴァイオレットはルーミネイトと2、3言葉を交わした後、 一番恐れていることをおずおずときいてみた。 「ぼくは・・・・本当に魔王になっちゃったんですか・・???」 「君が望めばそれは続く、望まないのならば、君がそれを変えればいい。」 「か・・・・変える!!?・・・・どうやって・・・・?」 ぼくにこれ以上どうしろと言うんだ。 ぼくだって、好きで魔王なんかになったんじゃないんだ。 ただ、もう、苦しくて、どうにもならなかった。自分でもどうしようも出来なかったんだ。 そんなぼくに・・・・・どうやって・・・・・変えろって・・・・そんな・・簡単に・・・・! 「顔がくしゃくしゃだよヴァイオレット。天使ヴァイオレット。」 「ぼくはもう天使なんかじゃない魔王なんだ!天使なんてもうカケラも残ってやしない!」 「そうかな・・・・?じゃあなんで君はここにきたの?」 「え・・・・・」 意表を突かれた。 それはヴァイオレットにとって、最も鋭い質問だった。 なぜ、ぼくが、ここに来たか・・・・? ・・・・そんなの・・・。 「ぼくは・・、 助かりたいんです・・・! ルーミネイト様、ぼくを・・・ 助けてください・・・・!!!!!!」 ルーミネイト様は一呼吸おいてから目線を落とした。 「ヴァイオレット、 残念だがそれは無理だよ。 私は、君を助けることは出来ない。 いいや、世界中の誰も、君をほんとうの意味で助けることは出来ないんだ。」 な・・・・んだよ、その、突き放した言い方。ぼくがどれだけ・・・・どんな想いでこれまで過ごしてきたか…。 ルーミネイト様にはわからないんだ・・・・。 ぼくの最後の望みだったんだ。 誰かに助けて欲しいって。 どうすることも出来ないって・・・・助けられないって・・・・なんだよそれじゃあ。 「ルーミネイト様は天使なんでしょう!?どうして助けられないんですか! ぼくを助けてください!ぼくこのままじゃ…」 「ヴァイオレット。」 ルーミネイトが低い声でそれを抑止した。まっすぐ、ヴァイオレットの方を向いて。 「君は最初に決断するだけでいい。君が、自分自身を救うんだと。 その決断が君の中の化け物に一筋の光を通すことが出来る。 私達が手助け出来るのはそこからなんだ。」 「・・・・いやだ。・・・・無理です。ぼくにどうしろって言うんです。ぼくもう何もかも嫌なんです。 もう何も見たくない。このまま消えたほうがマシだ。これ以上ぼくは何もやりたくない。 ルーミネイト様が助けられないのにどうしてぼくが・・・・ぼくには無理です・・・!!!!」 「・・・そう。」 ルーミネイトの目は少し悲しそうに見えた。でもすぐにいつものほんわりした眼差しに変わる。 「じゃあこれだけは覚えておくといい。 ・・いつでも決めるのは自分自身だよ。 君は自分の力でどんなことだって出来る。 縛られていて何も出来ない。無力だと感じるのは幻想さ。」 「・・・・・・。」 ぼくには、そのルーミネイト様の言葉のほうが、幻想に聞こえる。 だってぼくは本当に無力で・・・その無能っぷりを、どんなに無力かっていうことを、辛酸を嘗めて思い知らされてきたんだから。 もういやなんだ。こんなの・・・。もういやだ。・・・・・何もかもやめにしたい。 何もかも終わっちゃったんだ。 もういいじゃない。このままぼく、どこからも消えてしまおう。 そう思った瞬間、体中に激痛が走った。 ここは・・・・悪夢の中、・・・違う。 ぼくは魔王ヴァイオレット。そう地獄の底の底の底。 渦巻く悪。憎悪。世界中の負が寄り集まった最悪の場所。 一番苦しくて醜い場所。 それを感じた瞬間、全身でこう願った。 |
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