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[2]天使の帆翔

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黒々しくざわめく、天使など一瞬で消化してしまいそうな瘴気。

多くの蠢く物たち。



咽び泣く声、せせり笑う高い声、


―――悪魔、と呼ばれるものがそこにはいる。





嘆き、嫉妬、憎しみ、あらゆる柵から離れられぬそこは、
いつも僕を惹きつけてやまない。


きっと僕を廃人のようにするまで、僕を誘惑し、堕落へと誘う。



―――――魔界、そうここは、
世界のどこにも居場所を失った者たちが辿り着く最終駅。





迎えの列車なんてもう来ない。

永遠にここに閉じ込められる、



そのことすら愉快に、快感に思えるほど、

恍惚の境地が、全てを取り憑かせる魔力がここにあった。






「・・・あぁあ・・、またここに来てしまったなぁ・・・。」




僕を惹きつけて止まない魔界、


拒んでも、僕の中の欲望というものが、

それを求めて離そうとしない。






ここに来ると、抑圧された何かが解放されてしまう。

それが恐怖でもあり、でも何より待ち侘びていることでもある気がする。










「おかえりィ・・」







獣の唸り声にも似た
低い、低い、ガラガラの声。


黒くて、その風貌はよくわからない。




あいつはいつも、魔界の入口付近に立って、
入ってくる者たちを出迎える。



天使であれば咬み殺すのかもしれない。

僕も最初、殺されかけたことがあった。





相変わらずそいつは嬉しそうに、

何がそんなに嬉しいのかというくらい、
やけに嬉しそうに、

ニタニタニタ・・と、笑っている。



そいつは目を開いてはいない。

いつも。

殆ど目を開いたところを見たことがない。


・・・感じて、いるのか。

目を開かずとも、誰がどのような心持ちでいるかなど
お見通しだといった風だ。





「・・・・どうしたよ坊主。
天使の臓物の土産でもよこして帰ってこいよ。」




「・・・人間を探してるんです。」



「・・・・・人間? なんだお前、
あの人間どもがわんさかいる所から、人間を持ってきてくれんのカァ?」



「・・・違います、けど、ある人間を探してるんです。
柴谷朋弥、しばたにともや、っていう男の人、知らないですか。」



「ガハハッ・・ッ!・・ゲホッゲボボッッ・・・!!
・・ゴホゴホ、手ぶらで悪魔にもの尋ねるなんざ、
魔王を食らうために100億年追い回すより無駄なこった。」


・・・今この悪魔、笑おうとして・・むせた、むせたよなぁ・・。




「ぅん、じゃあもう聞きません、さようなら。」



「・・・てオイオイオイそりゃないぜー、ここは通せないな、
今お前さんの血を通行料としてもらわねえことにはな!

あぁ、それか、お前さんの友達とかいう天使を1匹・・」



「もう僕そんなことしません。」


そういうと、悪魔はすごくつまらなさそうな顔をした

呆れたような、面倒臭そうな様子で、
自分の頑丈な皮膚みたいなものをポリポリとかく。





「お前は半分悪魔なんだァよ、
だから今もこうして生きてられる・・

や、生かしてやってんだろォ??

最初に此処へ来たとき、天使の血が宿るお前は
死ぬまでその肉体をしゃぶり尽くされる
はずだったんだよゲハゲハハハ・・!!!」



そう言われて、しばらく考えてみる。
このいかにも構って欲しそうな悪魔をどう煙に巻こうかと。



「・・これ、わかります?
大天使の紋章、
…これに触ったら、悪魔だって焼け焦げて、
天国にも地獄にも行けない苦しみを味わうって。

わかったんなら僕もう行きますよ、
魔界に来る度いちいち食べ物を強請らないで下さい、
悪魔なら獲物は自分で狩ってこそでしょ。」




「けっ、しゃらくせぇな。んなモン持っ来てんじゃねぇよ。」


一気に嫌そうな顔に変わるのがわかった。
やっぱりこの紋章は結構スゴイ物らしい。

恨めしそうな形相でこちらを向いている悪魔を尻目に、
僕は人間たちがいる、魔界の最も上層部の綺麗な場所、堕人牢獄に急いだ。












―――――極楽地獄。






ホームページ、ネットにあるサイトの1つ。

天使の羽のような模様がある、ひっそりと存在する、ただのサイト。


書き込みをして天使が見えるようになる、そんなの・・
誰がかけた魔法だって言うんだろう。




Nさんが言ってた極楽地獄の本体、なんだろうそれは。

場所のことなのかな、本部みたいな、本拠地・・。
事務所とかあるような、そんな所?
それとも、・・・・・。




そういえば、Nさんの話だと、

極楽地獄を見たという人間が言い残したキーワード。





――――――……‥



朱色に霞む霧の中に浮かぶ、何かの港。

そこを抜けると、鬱蒼たる場所に出て、やがて、







―――黒い門。






大きく重々しい、


息苦しくなるほどに圧倒される、

威圧感たっぷりの門。





歓迎されているのか、拒まれているのか。

此処にいて、自分は無事なのか。




門には、まだ入れない。入る方法を知らない。

入り口がない。門のはずなのに、入れる場所が見当たらない。










門はまだ開かれていないのだろうか。





それとももう閉じてしまって、

永遠に開くことはないのだろうか。



‥…――――――――







僕がNさんから聞いた極楽地獄の話、
でもこれだけだと、まだ何もかもがわからないままだ。

極楽地獄を見たその人に会えば、もっと何かがわかるのかもしれない。






・・・わかって、どうするんだろう?

好奇心?

怖いもの見たさ?


Nさんに言われたから来た、だけ?




心が、奥が、どうしようもなくザワつく。

嵐が、近付いているみたいに。

真実が、見てみたい。


何があるのか、そこに何があるのか。


ルーミネイト様が言っていた、魔法をかけた存在に会えるのか・・。






僕が今歩いている魔界の肌寒い亡者の森。
真っ暗で光なんて無い。

僕の中の悪魔の勘だけが、人間の匂いの方向を教えてくれる。


下から生えているものに当たってはいけない。

天使の血を含む僕の体では、一瞬に、体液が凝固してしまう。



それは死を意味する。



中途半端な僕の存在は、いつも、どこへ行っても、
人一倍気を付けなくちゃいけない。



安心して居られる場所なんてどこにもありはしない。きっと。







ああ・・・ダンテが、うらやましい・・・。





時々そんな事を考えてしまう。
他人のやっかみというやつだろうが。



でもやはり、僕にとってのダンテは、すごく眩しかった。


どんな人とも卒なく付き合い、素早く仕事をこなし、
いろんな天使たちから認められている。


美しい羽、美しい容姿、ルーミネイト様と同じ金色の髪。



僕のことを嫌うのも当然だと思う。


完璧な彼にとって、いちばん完璧でないもの、



それが僕なんだ。



僕という存在さえいなければ、彼は完璧でいられただろう。






でももう、消えてしまおうという感情は、徐々に薄くなって来ている。
ローザ先輩が、僕を温かく包みこんでくれるからかもしれない。

居場所のない僕に、ほんの少しの安らぎを紡ぎ出してくれる。


彼女の周りにいると、風の音も雨の音も光も、植物も、
全てが楽しいリズムに変わっていく。

すべてが踊っているみたいに、全てが彼女の存在を、祝福しているかのように。
僕にとってはとても、羨ましい、それでいて、あたたかい。




いつも薄く柔らかい生地の服に
香ばしい紅茶や食べ物の匂いを染みこませて、

彼女がパンを焼くと、大勢の天使が集まってくるし、
彼女が笑うと、どんな天使の顔もほころんでくる。




そんな、僕の心をほかほか照らす、太陽。







・・そんなあたたかい想いを巡らしていたが、
突如聞こえた悲鳴によって、その柔和な気配は掻き消された。






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