天使の帆翔
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鐘の鈍い、お腹の底に響くような、低い、低い音。 その音が、僕を全ての黒の世界に誘った。 黒の空間に解き放たれた僕。 無・・から、静寂の空気が流れ始める。 空気感が、その肌に感じられる。 意識が、戻ったということなのか。 今まで感じたどの世界の感覚とも違う。 黒い物、黒、黒・・・、それと、黒でないもの・・白? これを白と呼ぶのかがわからない。 天界のまばゆい白さとは似ても似つかないし、 人間界の言う白とも全く違っていた。 ぼんやりと、しかしその存在は、確実に、僕の視界の奥にあった。 2つの黒い影。 建物だろうか、2つの影が見える。 痛みもない、楽しさも、 そういう感情や五感で感じる感覚のようなものはそこには無かった。 ただ、何だろうこの空気は。とてつもなく自由で、何も無い世界。 何者にも支配されない自由と宇宙の広がりのような空気。 神聖で、奥深く、噛めば噛むほど味わいの出るもののよう。 「・・・広い・・なぁ、どこまで続いてるんだろう、果てがないみたいだ。」 声を出してみても、反射しない、自分の声が、殆ど聞こえない。 広い世界に吸い込まれてしまうようだ。でも、わるくないかも。 この自由という場所で、たとえ一人でいたとしても、 ずっとこの空気に浸っているのも良いかもしれない。 そんなことを考えたその時、視界が一瞬にして途切れた。 そして間髪入れず、新しい視界が僕の中に飛び込んで来た。 ・・・ここは、家・・、 ・・・・ってあれ? ここって・・・・。 そう、ここは、人間界、 僕はどういうわけか、人間界に戻って来ていた。 しかもNさんといた廃屋の中。 Nさんの姿は見当たらなかったが、 苔の生えた床にふと目をやると、 そこにホコリを被った岩石のような物を見つけた。 赤黒い、固そうな・・、花崗岩か何かかな・・? ・・・なんだろう、変な模様。 太い線の横に寄り添い従うように描かれた細い線・・、 何かの文字だか象徴だろうか。 ぽつ、ぽつ、ぽつぽつ・・ザザザザーーーーーァー‥… 割れた硝子に水が跳ね返る音が聞こえる。 湿気を含んだ生暖かい風が、木の壁の隙間を超えて、 こちらまでやってくる。 ・・・・雨だ。 そういえばNさんとここにいた時、曇っていた。 人間界ではもう夕暮れ時になっていた。 Nは一向に帰ってくる気配がない。 僕は少し心許無さを覚えながらも、 再び手に持っていた岩をに目を落とす。 ローザ先輩と居るときとは全く違う、雨の響き。 静謐で、少し虚しく、 一人この空間、別世界にぽつん、と 置いてきぼりにされたかのような、そんな響き。 「・・よくわかんないや。」 観察と推測を諦めて、 手にあった岩石を部屋にあった棚に置いた。 ・・・・ガダンッッ・・! 「えっ・・・・」 岩石を置いてしまった衝撃でか、 その棚を支えていた木が抜け落ちた。 そしてまた、木が抜け落ちた衝撃で、 棚の上の方から何か紙切れみたいなものが落ちてくる。。 「あ・・・」 紙切れ・・・ではない、葉、 ・・何かの葉のようだけれど、 しかし雨の中の、しかも日の当たりにくい廃屋にいるせいか、 その葉の色が銀色に見えた。 「何だろうこれ・・・ この家って変なモノが置いてありますね・・」 そもそも考えるとかいうことが苦手な僕にとっては、 それらの意味不明なものは、 それなりにどうでもいい存在だった。 とりあえず思案するのを3秒で止め、 Nを探すことにした。 そもそもこのままこの廃屋に 独り取り残されているのも居た堪れない。 捨てられた子犬みたいだ。 泥だらけで、醜くて、傷ついた子犬。 その醜さ故に捨てられた。 悪臭でも放っているのかもしれない。 みんなの鼻つまみ者。 飼っていてもひとつも良いことなんて無い。 だから捨てられた。 捨てられて当然。 僕は生まれてきた途端に、 その醜さ故に捨てられた子犬と同じなんだ。 ガチャっっ・・・ 「あっ・・・・・」 「あ、いたの・・・!?」 お互いに顔を見合う。 そうNが廃屋に帰ってきたのだった。 しかも、びしょぬれだ。 すごくうざったそうなしかめ顔。 「おかえりなさい・・・。」 「あんた魔界には行ってきた?」 「あ、はい・・。」 「そう、それで・・?」 可愛らしい白地にピンクの色のタオルをどこからか出して、 Nはその長い緑色のしゅんと濡れた髪を 掻き上げながら、拭いていた。 僕は魔界にいた堕天使たちが、 極楽地獄を見たという人間、柴谷朋弥は ここには1度も来ていないと言っていたことを伝える。 「ほら、やっぱりね!」 すかさずNが張った声を発した。 「・・えっと・・?」 「やっぱりいなくなったのよ、あいつ。世界のどこにも! ・・どこに消えたのかしら・・?」 Nのその声はとてもアクティブで、ハキハキしていて、 彼女の声からやる気と好奇心が感じられた。 積極的、そんな言葉が代名詞になりそうな彼女。 僕はそんな彼女の様子に振り回されてしまいそうな ちっぽけな自分を感じていた。 「ねえ、えっと、ヴァイオだっけ、じゃあ今度は・・」 ちっぽけ、そう、すぐ周りに振り回されて、流される、 逆らえない自分・・。 Nの迫力と、人を巻き込む力は、 穏やかなローザとは勝手が違っていた。 「あの・・・」 僕は顔を俯かせて声を振り絞った。 「なによ・・」 彼女に見つめられると、彼女の気迫の前に、僕は縮こまって、 言葉が出なくなってしまう・・。 「ぼ、ぼく、」 「だからなに。」 ・・拒めない。 彼女に睨まれる、 ほんとはただ見つめられているだけかもしれない、 でも獅子に追い詰められた、子ねずみのように、 僕の体はこわばって、硬直していた。 「ぼく、任務があるんです、忙しいんです! 他にやらなくちゃいけないこととかあって! その・・」 思い切り何かを発した、 自分で何を言ったのか、よくわからない。 混乱していた。 「僕もう帰ります!」 「あ、ちょっと・・・!」 一目散に僕は逃げ出した、 Nに詰め寄られるのがこわかった。 どうにかして逃げ出してみたかった。 僕の自由というものを勝ちとってみたかった。 ただ逃げただけなのかもしれないけど。 でも僕は抗ってみたかった。 深い意味はない。 ただそれだけ。 従うしか無い僕の選択肢に、自由という選択肢を・・! で・・。でもこれからどうしよう、 Nさん怒ってるだろうな・・。 Nがどういう反応をしていたかなど見ていない。 カンカンに怒っていたかもしれない、 もしかしたら愛想を尽かされたかも。 ああ、天界で出会っちゃったら、僕はどうしよう。 ・・そわそわ。 力いっぱい逃げて来たあとで、今度は不安が襲ってくる。 でも、引き返すことも、何も出来ない自分がいる。 と、とりあえず天界へ帰ろう、そして、 そう、ローザ先輩の所へ行って・・・。 ドォーーーーンッ・・ガラガッシャーンッ・・!!!!! 「うわっっ・・・・・、な、なんだ!?」 後ろを振り向けば、凄まじい音を立て、 先ほどいた廃屋のすぐ近くの家、 小屋みたいな建物が、粉々に崩れ散っていた。 「えっ・・・!? え、えええ、な、何が起こったんですか・・!!??」 パニックの中で、僕は急いで道を引き返していた。 決して引き返すはずの無かった道を、 いともあっさりと。 散乱した瓦礫・・・、 どんどん怪しくなる空の色。 雲が轟々と音を立てて渦を巻いているようだった。 雷でも鳴りそう・・そして落ちてきそうな空の様子。 ゴロ・・・・・・ゴロゴロゴロ・・・・・ 小さい唸り声を、 雨に挟まれた激しさを増した電流が、響かせ始める。 「いやな空気・・。 ここに落ちてこないと良いけど。」 Nが向こうから駆けてきた、 すごい衝突音だった。Nも気づかないはずがない。 ・・妙に、気不味い。 「今のは何? 何かが衝突したような音だったけど」 さっきの僕の精一杯の反抗など 少しも気にかけていない様子のNは、 相変わらずの調子で、僕に話しかけてきた。 衝突・・・、何かがぶつかって、そして小屋が壊れた。 何か・・・自動車か何かが小屋に衝突したのだろうか。 ガラッ あれ・・、何か瓦礫の下で動いたような・・・。 |
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