前作へ   ★1ページ   ★2ページ   ★3ページ   ★4ページ   ★5ページ   ★6ページ   ★7ページ   ☆次回作へ   ◇→writing

[3]明日の産声

3ページ目

拍手する
明日の産声 《もくじ》
[1ページ目] [2ページ目] [3ページ目] [4ページ目] [5ページ目] [6ページ目] [7ページ目]


≪sideC:イコン≫

光の粒が無数に浮遊し、舞い、景色を彩り、多様なものを形作る。
それは天界と呼ばれる。
神と呼ばれる光によってそれは存在し、
その光の中心に天界城が聳える。
光は城を中心に天界各地に編み目状に行き渡り、
天使に命を与え、傷を癒し、天界物質のもとを作る。

溢れんばかりの光が注がれている中、ある天使は光の届かない地下室で大量の物に埋もれていた。

「トマスファリ様、どうしてこんな古いガコタ(点版磁気装置)の整理なんか?」

<え、気にしないでよ。ただの気まぐれ。・・といっても君は信じないかー。
天界上層部の天使がある珍しいものを運びにこっちに来るって。それが原因だと思ってて。>

イコンは誰かと話しているようだった。姿は見えない。
彼はよく、天界のテレパシーのような通信方法で天使たちと通信を行う。
閉鎖されたイコンの環境では、それらは唯一の外的な交流なのだった。

「トマスファリ様、こんなとこにマーリシトルーカが咲いてますけど・・。」
<え?そう?イコン、キミが植えた?>
「植えてないですよ、天界の光が届かないのにどうしてこんな所に生えてるのかな。」
<まっ、そんなのはキミのシゴトじゃないか、ボクは今から整合のシゴトを・・>

―――ブツッ、と鈍い音がして通信が途絶えた。
やれやれ、といった顔のイコン。
彼曰く、天界の上級天使たちは、上に行けば行くほど一癖も二癖もあって、なかなか個性的なんだそうだ。
その分、下で働くものの心労は計り知れないとか。、

トマスファリからの通信が途絶えて間もなく、別の通信がイコンの耳に入ってきた。
―――イコン、いないのか?
・・・これは・・、上の方からだね、ダンテかな。
「今いくよ」
そこは出口の無い部屋、上に行くことはイコンのような存在でないと出来ない。
イコンとこの建物全体は、波動が同調しており、建物内では瞬間移動のようなことが出来る。
その為イコンしか入れないような【出口の無い部屋】もいくつかあるようだ。

ウヴイィーン・・・・・

三重、四重、幾重にも空間が歪みながら、波を描くようにイコンはダンテの前に現れた。
「ああ、すまないイコン、前に話した件のことなんだが・・」
ダンテ、彼という天使は、何十もの顔があるようで、
ルーミネイトと接する時の顔、イコンとの顔、ヴァイオレットとの顔、そして独りの時の顔。
そのどれもが彼であり、しかしどれもが偽りなのかもしれない。

そしてイコンの前のダンテは、いつもヴァイオレットの前で荒ぶっている彼よりも、至極穏やかなものであった。
彼は度々イコンのもとを訪れ、日常的に会話や頼みごとをしている。

「それはやめた方がいいと思うけどな」
「なぜだ・・?」
「それだと、ルーミネイト様の命令で薬を配合したと取られかねないよ」
「・・うん・・まぁそれもそうだが」

躍進的で行動的なダンテに対して、イコンは冷静で客観的なアドバイスをしてくれる。
動であるダンテにとって、静のイコンの意見は、いつも彼の独走を引き止めてくれる存在なのである。

「とにかく早くしないと。間に合わなくなるんでしょ?」
「あ・・あぁ、そうだな、急ごう。」





≪sideD:天界≫

「・・騒がしいな。」

白一色に染まった部屋に、ぽつんと配置されているデスクと豪華な椅子。
一人の天使がそこに腰掛け目線を扉に向ける。
カーブを描いた金色の髪が、天使の左手をやんわりと掠めながら天使の胸元に落ち着いた。

扉のあたりには息を切らして報告に来たであろう天使が一人。

「ルーミネイト様!」

ルーミネイトと呼ばれた天使の前で、息を切らした天使は続けた。
「次々と天使たちが消されています!」
「ほかの天使たちでも、止められていないのかい?」
「現在数万の天使が一斉に食い止めようと努力していますが全く歯が立ちません・・!」
「彼女はほんとうに魔界からやってきたのかな?」
「どうしてです!奴に決まっているでしょう!奴が原因ですべてがおかしくなっています!」

「・・・ふぅ、彼も可哀想に。あぁ、可哀想は余計か。」

報告に来た天使の切迫した空気とは裏腹に、穏やかでほんのりと微笑んでいるルーミネイト。
天界が大きな騒動に見舞われようと、たとえ何が起ころうとも
きっと彼、彼女?の周りだけは、いつもこうなのだろうと、側近の天使は見ていて思う。

「ルーミネイト!先鋭部隊が9割やられた!」
沈黙した空気を破ったのは新たに入ってきた大柄の天使。

「モーレンヴォーグ、彼女は動力装置を持っているんだってね。」
「其れについては主が確かめればよい!」
「私も駆り出されるのかい?乙女の怒りに?」
「奴は天界全体のエネルギーを吸い込んで放出しているのだぞ、すごい破壊力だ!」
「・・・あのね、モーレン、その前に気になっていることがあるんだ。」

ルーミネイトはモーレンヴォーグと呼ばれた天使に何かを囁く。
すると、その言葉を受けて顔色をガラっと変えるモーレン。

「私の関知するところではない!」

モーレンヴォーグはばつが悪そうな顔をし、大柄の体をどかどかと動かし、建物全体にその豪快な存在感を響かせながら、
ルーミネイトの執務室を足早に後にした。

彼が去るのを見届けた後、ふと、ルーミネイトの目の色が変わる。
羽の形を模した大きな窓から天界をその瞳に有し、この天使は何かを憂いているように見えた。
彼の後ろ姿は、ただ白く、白く、そう、ただひたすらに白い。
その白い天使の衣が窓から差し込む光と調和し,混じり合い、一体化して反射したかと思ったその次の瞬間、

―――側近の天使たちの視界から、ルーミネイトの姿は消え去っていた。

その場はただ静けさの中に、側近の天使たちのどよめきが入り交じるだけだった。




ビジィッッッッ!!!

雷のような鋭くけたたましい音とともに、天界の光たちが切り裂かれる。
その場には多くの羽の残骸が、しかし、天使の血液である、透明なほのかに銀光る液体はどこにもない。

それはすでに多くの天使たちがあらがい、消された後だった。

騒然となる場の中、一人の女天使が凛然と立ち向かっている。
「ファーリリナ、もう保たない、離れて!」
周りの天使が止める声も、彼女には届いていないようだ。

凄まじい閃光が幾度も天空に瞬く。
彼ら大勢の天使たちは、何かに抗っていた。
ある者を取り巻くように大勢の負傷した天使たちが蹲っている、沢山の散っていった天使たちの羽の上に。
一人の女天使だけが、その者と戦っていた。
水色の細かい繊維状のものを纏って、その者は縦横無隅に天界を切り裂く。
ファーリリナと呼ばれる女天使はその者の正体を覗おうとするが、
繊維状のものが邪魔して、彼女の姿を見て取ることが出来ない。

「ファーリリナ、陣が完成した、どきなさいっ!」
後方で密かに魔法を創っていた天使たちが叫ぶ。
ファーリリナはすかさずその者にトドメの一撃を放って身を退いたが
その一撃は繊維状のものが吸収してしまう。
天使の魔方陣が発動し、陣から光が放たれた、光は渦となってその者を飲み込み、
光は幾重にも重なりその者を捕らえた。

・・・かに見えた。

光の渦から何か鋭いものが出てきた。
水晶のような透明なその鋭いものは、水蛇に姿を変え、大きくて分厚い光の渦を外側から取り巻く。
水蛇の力でその光は宝石の結晶のように呆気無く砕け、無残に飛び散った。

呆然と立ちすくむしか無い天使たちの落胆した空気が辺りを支配する。
天使たちが総力を賭けて挑んだ渾身の一撃が、こうも呆気無く敗れ去ってしまったのだ。
ところどころの天使たちに絶望という文字が、その表情に浮かんでいた。

「絶望は天使にとって絶対にあってはならないことです。」
ファーリリナは、その目に輝きを僅かに残していたが、しかし勝ち目がないことを彼女も重々わかっているようだった。

彼女は攻撃から防御に切り替え、落胆し、戦う気力を失ってしまった多くの天使たちのために
必死で精一杯の防御壁を創り続けていた。

しかし、ファーリリナの心配をよそに、その者は天使たちに攻撃してくる気配が無い。
水蛇は姿を変え、元の水晶のような鋭いものに姿を戻していた。
水色の繊維を纏ったそれは、その鋭い武器を天に向かって掲げた。

「まっ・・!まさかっ・・!!!?」


前のページへ    次のページへ

明日の産声 《もくじ》
[1ページ目] [2ページ目] [3ページ目] [4ページ目] [5ページ目] [6ページ目] [7ページ目]


拍手する