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[3]明日の産声

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明日の産声 《もくじ》
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天界で、上、即ち天というのは、神を意味した。

「あやつはまさか神に向かって刃を向ける気なの!?」
どうすることも出来ずにいるファーリリナの目の前で、それは行われた。

その者は水色の繊維から、ついに姿を現す。

「な・・なんだあれ・・・・」
「お・・・女の子?」「いや、男かもしれない。」
「ただの女の子に見えます。」

その姿はまるで赤子のような柔らかさと新鮮さを保ち、
沢山の光を反射し、艶やかな肌を備える。
向日葵色に輝くその繊細な髪と、天界の空そのものであるかのような、
綺麗な澄んだライトブルーの瞳。
しかしその瞳は天使のものとも、人間のものとも違っていて、
どこか、ガラスのような、氷のような、そんな瞳を有していた。

ピンク色のあどけない爪で、その者は武器を構えた。
天界の上空、神の居場所を見つめ、その者は攻撃の準備に体制を整える。
ばあっっ・・と背中から赤や黄色の鮮やかなリボン状のものが現れて、その者の後方を取り巻いた。
武器は再び姿を変え、今度は大きな大きな大砲のようになった。

「駄目、やめさせないと!」
ファーリリナが叫んだが、もうその時には何もかもが手遅れだった。
大勢の天使が必死で妨害攻撃を仕掛けたが、
もはや攻撃がその者に触れることすら叶わなかなかった。

「あぁ・・!どうしよう、どうしたらいいの!?天界はどうなってしまうの?」
ファーリリナは祈りにも近い呪文を唱えながら、必死で策を考えていた。
(神が攻撃を受けようとしているのに神に祈るだなんて可笑しな話。
これも天使の性ってものなのかしら?)
ファーリリナは何も出来ずにいる自分に対し、多少の嘲笑の念を込めながらそんなことを考え始めていた。

その者はリボン状のものに支えられ、攻撃を開始した。
あまりのその威力が天界に尋常でない影響を与えているらしく、後方で赤黒いバチバチした雷のような火花が散っている。
これが続くと、天界自体がどうなるのか、全く予想がつかない。
天界のエネルギーとその者が持つエネルギーを無限大に増幅させ、それは放たれた。
大砲から放たれた凄まじい攻撃はその者の狙った通りのところに直撃。
バリバリバリッ!
ゴドゴドゴドドドッッ!

耳が潰れそうな騒音だ。
天使たちは気を失いかねない状態に陥る。
天界城が、その幾重にも施された鉄壁のバリアを失い、あろうことか崩れだした。

そんな悲劇の様を目の当たりにした天使たちは皆、光を失い、ただ呆然と立ち尽くすしか無かった。
ある者は悔し泣きし、ある者は呻いている。
声にならない声を出し、肩をふるわせている者もいる。
ファーリリナも呪文を唱えることを忘れ、ただ崩れゆく天界を眺めることしか出来ない。
神聖で静粛なる天界で、天使たちの嘆きと悲観が、世界を覆い尽くそうとしている。
天使たちの絶望は凄まじく、天界自体が軋み始めた。

そんな悲嘆に暮れる天使たちをよそに、その者は再び攻撃態勢に入っていた。
もう一撃食らってしまったら何もかも終わりだ。
多くの天使たちが青ざめる。
一部の天使たちは命がけでその者を止めに入るが、
その者の纏う大きなバリアによって、近づくことすら叶わない。

やめてくれ・・!もうやめてくれ・・!!!

天使たちの悲痛な叫びが天まで轟きはじめた。

しかし攻撃は止まらない。
再び大砲を天に向けて構える。
ゴオッ!!大砲の中から先程よりもずっと大きなエネルギーが空に放たれてしまった。

全ての天使が、天界の死と、天使の死を予感した。
そう、神聖なる天界に初めて、死と絶望という2つの言葉が多くの天使の脳裏に浮かんでしまっていた。
天使たちの絶望がそのエネルギーをより増大させていく。
もうこれで、天界は・・・・・・

ガシャアアアアアアアアアンン・・・・!!!!!!

凄まじい衝撃音とともに天界が真っ白になった。

なにも、その時は、なにもかも、把握することは不可能だった。

ただ、長い時が流れて、音はひとつも聞こえなくなっていた。
全ての天使は、それが死だと認識する。
ある天使は、自分が天使の職務を全うできなかったことを酷く嘆き、
またある天使は、己の天使としての資質そのものを問うた。
しかしある天使が思う、

・・・・思考が出来る・・・?

・・・・・・・・と、いうことは・・・・????


パァッッッ!!っと目の前が一気に開ける。
9人の大天使が、そこにいた。

それと同時に、神に攻撃を仕掛けようとしたその者は、もうどこにもいなかった。

天使たちがみな奇跡を見たかのような顔つきで、唖然としつつも、その状況を必死に把握しようとしている。
そして一部の天使たちは、天界が無事なことを見、涙をこぼした。

その中のある天使の涙が、地面を這いつくばっていた赤子に落ちた。

・・・そしてその瞬間・・・

赤子は柔らかい光の羽根のようなものを体から放出したかと思うと、
少女に姿を変化させた。
横には、あの水晶の武器が落ちている。

「こっ・・!この子はっ・・!!!!」

天使が思わず叫んだ。
そう、彼女こそが、先程神に攻撃を仕掛けた、その者だった。

「ダンテ!いたよ!!」
イコンがその少女を目で捉えると、すぐさま駆けつける。
「わかってる、いいな?イコン!」
ダンテが後から少女に駆け寄り、少女を取り囲んだ
「うん、さぁ早く!」
ダンテは腰に下げていた袋を取り出し、その中の粉を少女の口の中へ。
「あったよこれ、例の・・」
「動力装置か。厄介なものを・・」
「早く回収しないと・・・・・・。見られてる。」
ダンテたちは、少女の直ぐ側にあった、動力装置と呼ばれるものをそそくさと回収した。

早速帰ろうとするイコンの横で、ダンテは不服そうに9人の大天使たちを見つめた。
「しかしアイツらは何だ!?さっきまでの天界の崩壊を抑えたぞ?!」
ダンテは全く信じがたい、といった様子だ。
「ダンテは中級天使だから顔は知らないんだね。」
「何の話だ・・中級天使だから何だと言うんだ・・!」
「あれ、天界創成に関わった18天使の内の9人だよ・・。」
「はっ・・!!?そんな奴らが何故今更・・今まで何をしていたんだ。」
「多分、天界城上層部の障壁が破られたでしょ。だから・・」
「ハッ全く呑気な話だな!!俺らはさっきまで血眼になって走り回ってたんだぞ!」
「聞こえるよ・・、もうちょっと声量下げないと・・」
「・・・・しかし・・顔の知れた上級天使はみな総出動だな。」
一呼吸置いてから、ダンテは辺りの天使を見渡す。
「あ・・・うん、でも・・」
「ん?・・・・・・・ハッ!」
「ルーミネイト様は見当たらなかったね、僕たちさっきまで上級天使様たちの所を駆けまわってたのにさ。」
ルーミネイト・・、その言葉を聞いた瞬間、ダンテの背筋が僅かに震えるのがわかった。
彼は目を大きく見開き、一瞬考え込んだ後、すぐさま羽を広げ、イコンに挨拶も告げず飛び立ってしまった。
「・・あーぁ・・、言っちゃマズかったかなぁ?」
イコンは口元に親指を当てて、少し面白くなさそうな顔をしながら、天空に消えゆくダンテの影を眺めていた。

9人の大天使の姿はいつの間にか消えていた。
その場に残ったのは・・大量の羽と・・負傷した天使たちのみであった。
天界城は既に修復されており、天界全体も、元通り、何事も無かったかのように安定している。
ただ、激戦の場となったこの場所だけが、そこだけ場違いな空間のように酷く荒んでいるのだった。
イコンはそんな天界の様子をひと通り眺めながら、目を細める。
悲しみと、儚さと、虚しさ。そういったものが、彼を支配しているようだった。
彼はただひたすらに、立ち尽くし、
傷ついた天使たちが手当されたり、緊急救命室に運ばれたりするのを、
漫然と、空気として体全体で感じ取りながら、天を見上げていた。

やがて天使たちはその場を立ち去りはじめ、天使たちの数は徐々に減っていく。
イコンだけがそこに取り残され、それでも彼は、動く気配がなかった。

いつまで経ってもイコンが帰ってこないので、
彼の上司であるトマスファリが迎えに来た。
「ありゃ、感傷に浸っていた?」
それまでピクリとも動かずに立ち竦んでいたイコンが、やっと目を動かす。
「・・・トマスファリ・・さま。」
「このまま放っておく?それとも無理矢理連れて帰られたい?」
「引き摺ってでも連れて帰るんじゃないんですか?」
「ん・・?」
「嘘です。僕がいないと困るんでしょ。帰ります。あそこが僕の永遠の家ですものね。」
「プフッ・・」
トマスファリが妙な笑いをした。
「・・なんですか・・。」
トマスファリの行動を掴めないでいるイコンは、顔を少し歪める。
「まるで誰かに強制されているみたいだ。」
「どういう意味です?」
「自分のことを籠の鳥だとでも思ってる?」
「っ・・・!」
トマスファリのその一言が、イコンの表情を一変させた。
イコンの赤い瞳がくりくりと光を反射して、
でも彼は・・静かに・・震えていた。
感情が読み取れない。・・・怒り?

イコンの視線は、無言のままトマスファリの方を見据えていた。
トマスファリもまた、イコンの方をじっと見返す。
お互いに言葉にならない感情を、静かに、視線によって衝突させているように見える。

しかしその近寄りがたい静寂は、イコンの異変により打ち破られた。
彼の体が突如、薄く歪み始める。
「アァッ・・!うっ・・っ!」
「イコン!・・・もうタイムリミットか。」
トマスファリが気になることを呟きながら、イコンを抱え、そして・・
彼は楕円状のものを3つ描いたかと思うと、イコンと共にその場から姿を消した。

辺りには荒れ果てた大地と、張り詰めた空気、そして・・
天使の惨たらしい残骸が、散っていった天使たちの羽が幾層にも折り重なって堆積していた。




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