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[3]明日の産声

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《SideE:ヴァイオレット》

天界のずっと下層に、人間たちが住まう場所がある。
照りつける太陽、その容赦ない日射しは、まるで罪を背負った人間たちの懲罰の場であるようだ。



――ああ、きっと、僕は天界からも捨てられたんだ。



目を開けたくない。開けたとして、そこに僕の望むものなんてないんだ。
僕は映像を受信することを僕の中で拒否した。
世界と交わることを拒否した。

何もない、虚しくて侘しい世界・・・・

そうこれこそが僕のいる世界なんだ。
ずっと僕は、生まれた時からここにいたんだから。
なにも見なくて良いし、受け取らなくて良い。
全て拒絶して、みんなみんな、僕の世界にはなにも存在しないんだ。

ほら、安心じゃないか、これで安心だ。
もう僕を傷つけるものも、僕を恐怖に陥れるものも、
もう何もなくて、もう何も悲しまなくてよくて・・

・・・・あれ?
じゃあどうしてこんなに虚しいんだろう。
僕は・・・・・ここがいい、だって、ここが僕の世界なんだもん。

じゃあどうして・・?
どうして僕は今、この世界から抜けようと考えてるんだろう。
・・・・冷たい。
つめたいよ、これは・・・これは僕の・・涙?

涙なんて、もうとっくの昔に捨てたじゃないか。
悲しいことに、いつも涙なんて流していたら、僕の中の液体はすぐに枯れ果ててしまう。

そうだよ、涙なんて僕にはもう無くなったじゃないか。
ああ・・くるしい、どうしてこんなに僕の中の何かがざわつくんだ。
・・・・こんな世界、いやだ。
もうなにもかも、いやなんだ・・・。
僕を拒絶する世界も、こんな何にもない世界も、なにもかもいやだ。

どうすることも出来ない・・どっちへ行けばいいの・・?
教えてください・・・・・ローザ、せんぱい。


ヴァイオレットが流した、枯れたはずの涙。
それはやがて海となって、彼を渦潮に誘い始めた。
その先は、どんな世界だろうか、ここよりも暗いんだろうか。
でも、どこにも行き場がない僕には相応しい所かもしれない。
水嵩は増し、彼を飲み込んでゆく・・・。

もうすぐで、息が・・・できなく・・・・・・


海の水嵩がヴァイオレット顔に達した、その時、
・・・・バシャッッ!!!!

その瞬間ぼんやりしていた頭が一気に正気を取り戻すのがわかった。
激しくて冷たい何かが僕に被さったみたいだ。
「うう・・・・。」


「ちょっと起きた!?何してんのよ、紫クン。」
ぱっと目を開けて見る。
聞き覚えのある声。
張りがあって、力強い、僕とは対照的な、活気に満ちた声・・。
そうそれは、Nの声だった。
「げ、どうしたんですか・・。」
彼女を見て思わず飛び起きるヴァイオレット。
それもそのはず・・Nは相変わらず露出度の高い格好で、
道のど真ん中に仁王立ちしていたのだ。

「げっ、って何よげって!
アンタの方こそ何してるわけ?
こんな真夏の炎天下に道の真ん中で干からびてる天使なんて見たことないわっ。」

「あ・・」
ふと気づいてヴァイオレットは自分の服を触ってみる。
彼が着ていた服はぐしょぐしょに濡れていた。
それでもこのひどい暑さの中で、その湿気はすぐに蒸発を始める。

「・・・ぼく、干からびてたんですか?」

「そうよ、あんた一体何してたのよ。」
「目を開けたくなかったんです。」
「・・・は?」
「・・・・・・・・・・何でもないです。」
いじける素振りで目線を逸らすヴァイオレット。
Nはその様子を見て彼の置かれた状況を察する。

「えっとあんた確か、人間界に留まる・・のよね、天界から通達来たわよ。」
「・・別に人間界に留まりたいわけじゃあないです。」
「え、なによそれじゃあ、もしかして厄介払い?」
・・厄介払いと聞いて、ぐっと縮こまるヴァイオレット。
彼の胸がキリキリ音を立てているのがわかる。その音を誤魔化そうと、我武者羅に言葉を練り出す。
「・・・・・知りませんよそんなの、ルーミネイト様に聞いてください!」
快晴の空とは対照的にどうしようもなくどんよりとした彼を見て、Nは話すのを止めた。

そして次の瞬間勢いよくネクタイをワシ掴む。
「ぎゃっ!? ・・ぐ、ぐるぢぃ・・」
猫に急所を捕まれたネズミのような声を漏らし、ヴァイオレットは必死に抵抗した。
Nは構わずネクタイを引っ張りそのままどこかへ連れていこうとしている。

路地を2、3回曲がり、少し涼しい場所へ出た、それから川の土手を歩き、橋を渡ってしばらく歩くと住宅街へ着く。
その奥に、路地より低い位置に向かって道が伸びていた。
階段を数段降りると薄い紫のような小豆色の門があり、Nはお洒落な濃いピンクと金色の縁取りの木製の扉を開けた。
玄関を通りすぎ、奥まで行くと、右手にダイニングルームがあり、僕はそこにポイッと放り込まれた。
編み込まれた円形の絨毯が一面に敷いてあり、棚にあるオブジェは赤や紫色に輝く液体をコポコポと泡を立ててゆっくりと渦巻いている。


「ここ、自由に使っていいわ。」
「・・なんですか?ここ。」
「あたしのアジト。」

見た目こそ一般的な間取りの住宅に見えたが、
その独特のニオイは天使のものだとすぐにわかる。
それに、明らかに人間界には存在しない幾つもの不思議な物体がそこら中にあった。

「何なんですか、ここ。」
ヴァイオレットが再び同じような質問を繰り返す。
思わずそれにイラッとしたNは、彼を無視して別の部屋へ立ち去ってしまった。
そのNの態度を見て、再び、ヴァイオレットはイジケだした。

彼のいつものお決まりのポーズ。
両足を折り曲げて、その両足の中に顔を埋めるのだ。
そして悶々と考え込む。何か妨害が入るまで、延々と。

天界でもずっと彼は何かある度に、
お決まりの場所で、このお決まりのポーズを取りながら、
顔を埋めて延々と何かが解決するのを待ち続けていた。
しかし何時まで時を浪費しようとも、解決などやっては来なかった。
そんな彼を見続けて、堪らずに声をかけたのがローザだった。

・・・あぁ・・ローザせんぱい・・、どうしてるかな。
僕のことどう思ってるかな。いきなり天界からいなくなって、心配とかしてくれてないかな?

ローザは、ダンテ以外で最初に、ヴァイオレットに声をかけた天使だった。
彼女の持つほんのり甘い匂いと、その蕩けそうな愛情に満ちた眼差しが、
ヴァイオレットを一瞬で虜にしてしまう。
それに彼女は、妙なところが抜けていて、
何か悪い出来事に遭遇しても、アッサリと躱してしまう、
そんなノンビリとした彼女の性格が、内向的で根暗なヴァイオレットには
救いだったのかもしれない。

ローザ先輩は美人だし、すごく優しいし、うん誰にでも優しい。
それに僕を、他と違う目で見ない・・。、
・・・・・・・・・・・・・・・、
もしNさんの代わりにローザ先輩がいてくれたら・・
・・そんな想いが過った瞬間、


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