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[4]天と地の迫間

(注意:悪魔的表現が加わり多少過激で不快な表現が含まれます)
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天と地の迫間(天国と地獄) 《もくじ》
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1,2、3,・・4,5!
キキィーーーーッッ!!!!
高音の金切り音のすぐ後に、けたたましい衝突音と黒煙が耳と目を塞いだ。
辺りにはかすかな声と炎が広がっている。
重い重い金属の下敷きになった黒い物体はもう動かない。
辺りには誰もおらず、そこにあるのは、命わずかのかすれた声と、既に息の途絶えた骸。
そこに見る光景はまさに地獄絵図であった。

曲がったガードレールの上に、ひとつだけぽつんと人影がある。
少年は何も言わず、その瞳の中には地獄絵図がただひたすらに映っていた。
静寂とガスの不完全燃焼を混じらせた鼻のつく臭い。

地上に神など存在しない。そう、今あるのはまさに現実にある地獄そのものではないか。

多くの人間が歴史の中でそう嘆き、最後の咆哮を上げ地獄絵図の中で死んでいった。
この世のどこにも神など存在しないのだと、そう絶望と嘆きと、
そして僅かな願いを胸にいだき、大地は恨みと絶望に染まっていった。
人の嘆きを聞いて大地も嘆き、大地の嘆きは天地に染み渡った。

天使たちはどうすることも出来なかった。ただ彼らのそばに居、彼らとともに血の涙を流した。
人々の裏切りと離反が始まった。
人間たちは天界から離れた。

現実に地獄ゲームが始まった。

今も地獄ゲームは絶賛拡大中だ。
悪魔たちはこの世に地獄を広げている。
人々の心は神から乖離した。
もとのあるべき姿を知るものは殆ど失われた。

悪魔たちの中にはかつての世に絶望し、神を見捨てた者たちも大勢いる。
神は救ってはくれない。
神は何も施さない。
神は何もなさない。
宗教は、誰も助けられない。

敬虔な信者として聖なる行いを率先してやり続けた末、嘗て聖人と呼ばれた者たちが、
大地で起きた地獄絵図を目の当たりにし、神を見失った。
現実で起きることはそれほどの衝撃があった。
何も見ない、信じさせない。そうすることで生きて行ける。

かつての出来事により多くの人間が闇に堕ちた。
地上から神は消えた。

胸が砕け散るほどの絶望と嘆きを、何度味わったことだろう。
この世に神はいないのだと、何度確信したことだろう。
争いの中で致命的に抉られてしまった心と、体。
もう動けぬ体で私は何を見たのか。


私は死と対面して光を見た。
どうして今まで救ってくださらなかったのか。
しかしどうでもよい、ここに光はあったのだ。

この世のどこにも神などいはしないんだ!
そう言って死んでいった私の同胞たちに見せてやりたかった。
ここにもともと、すべてがあったんだと。
ほかのどこにもありはしなかったが、
ここにもともと存在していたのだと。

長い長い旅を経てここに辿り着いた。
私もお前も、一緒に行こう。

神は何も語りはしないが、私に道を指し示してもくれず、
救ってもくれはしなかったが、常にそこに存在し、私が在るのと同時にそこに在った。

もとあった神を忘れ、地獄に赴き、私はまた帰還することが出来た。
私は光となりて、皆の帰り道を示そう。




地上には雨が降り出していた。
悲しみの雨、怒りの雨、それとも、罪を覆い隠す雨。
ガードレールの上の少年は消えていた。

その場にはパトカーや救急車と多くの遺族が集まっていた。
一時前まで静謐であったそこは、一変し悲しみの声で埋め尽くされた。
死者56人、きっかけはトラック運転手の不注意だと報じられた。
衝突事故としては異例の死者数であった。



人の無意識の中に突如入り込む悪魔がいるという。
緩慢とした意識の中で、それはいつも起こる。
それは悲しみを引き起こすため。
お前に絶望をプレゼントしよう。

家族を突然失った者の絶望が、どんなものだか知りたくはないかい?
それはテレビで報じられるより、本や物語で読むよりも、もっともっと酷いものさ。
それをキミに味わわせてやるよ。
悪魔はいつもそう語りかける。
悪魔はよくよく知っている。
それによって引き起こされる罪の意識と、絶望と苦痛の酷さを。
生きる目的を見失い、どこをどう歩いてゆけばいいのかわからなくなる。

昨日まで普通に家族と団欒を過ごし、朝食を食べて出勤した者が、
ある時突然家族を失った。
喉に刃を突きつける光景を見て、悪魔はほくそ笑む。
そうだ、やれ、やってしまうんだ。
そう、それでもう、取り返しの付かないことになれるよ。


・・・もう少しじゃないか!どうして止めるんだ?勇気が無いのか?意気地なしめ。
悪魔が優しく両肩をポンポン、とたたき、勇気づける。
次はやれるさ。次こそ楽になれる。

もう人の家族をみて妬まなくて済むぞ。殺したいなんて思わなくて済むさ。
いや、それとも、誰も自分の絶望をわかってくれないなら、同じにしてみるのはどうだ?
道を呑気に親子連れで歩いている憎たらしい仲睦まじい家族を殺そう。
そうしたら仲間が増えるぞ。
自分の心境をわかってもらえる。もう、周りから白い目で見られはしないさ。
仲間が増えるんだからな。

幸福をうにしている奴を一人一人引きずり落として行けば、仲間は増えて、
やがて目障りな奴なんてなくなるぞ!
悪魔は四六時中そんなことを囁いていた。
人間は、それも一理あると思うようになる。


だが悪魔は心のなかで思っていた。


まあ、そんなことをしたって、お前は一生助からないさ。
お前は俺の仕掛けた事故に引っかかってから破滅の道を歩み始めたんだ。
もう後戻りなんて出来ないさ。
ここでヤケでも起こして、人を数人殺傷でもしてくれれば、道は確実になる。
お前はますます地獄行きってわけさ。

俺が悪いんじゃない、俺に事故を引き起こさせるのを、何一つ止めなかった、
お前のいう神と天使どもを恨むんだ。


ふつうの幸せな人間たちには目に見えないところで、今も悲しみの連鎖は延々と増幅している。
この世には神も仏もいなければ、生きる希望も価値も無い。
生まれてこなければよかった。

そうつぶやく人間たちが、闇に隠され、食べ物も与えられず、明日をも知れぬ身で、
常に何かに打ち震えながら生きている。
しかし彼らにスポットライトが当たることは無い。
底知れぬ社会の底辺に渦巻く闇は、消えることがない。
その闇は、その深遠さのあまり誰も気づくことが出来ない。
それは日本にも、世界中のどこにでも存在する。
だがあなたたちは見えない。道の傍らで聞こえる呻き声に、あなたたちは気づくことが出来ない。
その闇は触れることも、気づくことも、見る機会も無いために、ずっと一般とは隔離されたところにあり、
誰も気づかないがために、彼らは永遠に救われることはない。

唯一救える者たちがいるとすれば、そう、あの深い深い、無限地獄の中から千年、万年の時をかけて抜け出た人間。
そんな人物にのみ救済の剣は与えられる。
ふつうの人間が迂闊に手を出そうものなら、一瞬にして、その無限の闇に、引き摺り込まれることだろう。
彼らは孤独故に、常に仲間を求めている。




いくつもの無数の光、それらは大地に到達した。
ガードレールの上から姿を消した少年は、騒がしくなった自己現場を後にし、
道沿いにあるプレハブ小屋の影に腰掛けていた。
無数の光は少年目掛けて飛び込んでくる。
「わ、もう、何なの。おっそい登場だね?」
いくつもの光は天使の形に姿を変えた。

「お前だね、トラックの運転手に間違ってアクセルを踏ませたのは。」
「奴は長時間の運転による疲労と睡眠不足でガードが薄かったからね。奴の深層にとても入り込みやすかったよ。」
天使たちは武器を構えた。
「ナニソレ?君たち天使は魔界のヤツにはぜんっぜん手を出せないくせに、なんで人間界の僕たちのような奴は目の敵にするかなァ?」
 「あの人間は4日後に心臓発作で死亡して天界で裁きを受ける筈だった。よくも直接魔界送りにしてくれたな。」
「最近天使チャンたち頑張りすぎ。僕ちょっとウザいって思っててね。」
 「お前は今という変化の時の重要性を知らないようだね。」
「ああ、知ってるって、世界中めちゃくちゃキレイに浄化しちゃってさ、そのせいで僕らの仲間が喘いでるの知らないの?」
 「彼らに救いを齎そうとしているのを一番に妨害しているのはお前たち悪魔だろう!」
「ふふ、僕達の仲間これ以上消されちゃうと困るし。せっかく地上に楽園を築きかけてたってのに。なんであんなことしちゃうかなぁ?」
 「ぐぶっ!」

悪魔と呼ばれた少年は手のひらから鋭利なものを出して天使の一人を貫いた。
すぐさま天使たちは防御の体勢をとり、負傷した天使の治癒にかかる。
天使たちの連携は的確で素早かった。
・・・・が、
「アァアアアアッッッ・・・・」
か細い声が無数に散り、天使たちは姿を消す。

あまりの短時間に起こった出来事ゆえに、状況がつかめない。
しかしその場にただ一人残っていた悪魔の少年の姿が、先ほど起こった出来事を語っていた。
「人間界に派遣されてる天使ってこんなに弱いの?天使にとって人間ってホントに大事じゃないんだ。」
少年は瞳で今一度事故現場を捉える。その表情は悪魔らしくない、真剣なもののように見えた。
雨が激しくなり、視界が薄暗くなってきた。

少年の姿は影となり、やがて輪郭が捉えづらくなっていく。
悪魔は土砂降りの雨の中、事故現場をを背に受けながら、ひとつひとつ、その帰り道を自分の足で踏みしめるかのように歩いて行った。




悪魔にも一つ一つの歴史があるという。
天使から悪魔になった者、人間から悪魔になった者。
そして、神に近い存在から悪魔になった者。
悪魔になるにはそれ相応の負をその身に宿しているという。
悪魔は人一倍同情心が強いという者がいる。
それはこの世の痛みと悲しみを、何倍も何全倍もその身で経験しているからだという。
本当に救われるべきは悪魔なのかもしれない。
本当に我々が救う、最終目標は、悪魔を救うことかもしれない。
昔ルーミネイトが天使の前でそう呟いたという。




赤い光が辺りに差し込む。
公園から子供たちの声は消え、人々は帰路に着く。

大地はその輝きを悠然と湛えているが、
人の心は大地の輝きよりも幾分も暗かった。

小さなゴマ粒ぐらいの虫が、奇っ怪な音を鳴らして、辺りを飛んでいる。
そこは日陰になっており、虫たちにはちょうど心地が良いのだろう。
その土地は被差別の土地であった。
壊れかけた修理されないままの建物に、どんなに一生懸命に働いても、働いても、
生き続けても、決して報われない悲しみと苦労が宿っていた。
先ほどの大雨で泥まみれになったネコが道を通り過ぎる。
他のネコと喧嘩でもしたのか、毛は所々抜け落ち、痛々しい生傷が無数に残っている。
雨と寒さで弱っているのか、そのネコは時々蹌踉めいて地面に体をぶつけた。
そんなことを繰り返していると、ある時溝に足をはまらせてしまう。
しかし体力も残り僅かなようで、何度かもがいてはみるが、抜け出す様子は見られない。

ネコは何度かもがき、やがてもがくことを諦めた。
人も弱りきった末に、こんな風に死んでいくのだろうか。
溝は適切に処理されていない下水が溜まっているのか、異常に臭く、
もがくことを諦めたネコに、小さな蚋たち纏わりつく。

ネコは動かない。
もう死んでいるのか生きているかも確認出来ない。
蚋に纏わりつかれたその物体は、暗い路地の溝の中で、さらに暗い何かに覆われた。
「すこし、そこを退いていただけるかい?」
それは人の影であった。
ネコに先ほどまでしつこく纏わりついていた虫たちが消えている。
男の手がネコをすくい上げた。
「君は、勇敢な命だね。でも死ぬには早くはないかい?」
男の手がネコの首を撫でた。

「君は、もう生きたくはないとは言わないのだね。何度でも挑戦したいのかい?」
動かなくなっていたはずのネコは、瞳を開いた。
金色の目がこちらを覗く。
「行っておいで、勇敢な命。最期は君に栄光を。」
ネコは男に促され、急に手足をバタつかせ、地面に着地した。
そのまま振り向きもせずに、ネコは前進した。やがて見てなくなってしまったはずのネコを、
男はほくそ笑みながら見つめていた。
建物の隙間から光が差し込み、男を照らす。
坊主のような髪の毛のない頭、見窄らしく蚤が湧いていそうな汚らしい服。
赤黒いその布切れからはドブの臭いがする。糸がほつれて、ところどころに穴がある。
男はネコがいた方向を見つめた後深々とお辞儀をし、とても楽しげな顔で、暗い道を踊るように歩いていった。



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