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[4]天と地の迫間

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天と地の迫間 《もくじ》
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イコン。彼は天界の、いや世界の全ての情報をその身に宿しているという。
まさに生きた辞書、エンサイクロペディアといったところか。
でも言葉に出すことが禁じられた口禁の魔法が何重にもかけられており、彼は許可されたこと以外は口に出せないのだという。
「行ってみますか。」
イコンのいる天界貯蔵図書館は非常に遠い。地理的に遠いというより、空間的に遠いのだ。
天使が出入りしにくい場所に存在する。それはその天界の貯蔵庫兼図書館が、いかに重要な情報を貯めたものであるかを示していた。

「あそこに入っていくのはタイヘンね~」
天界貯蔵図書館への道のりには、いくつもの見えないバリケードのようなものが存在し、天使の道を阻んでいる。
それを通過するためには、念入りな浄化と、とある同化の儀式、そして大天使への許可申請が必要であった。

「もう、ヴァイオっち、どこいっちゃったのよ。」
くちをぷっくりと膨らませて、拗ねてみるローザ。彼女は何かを非常に恐れていた。
それはこれから起こることを予期していたのか、それとも過去の自分をヴァイオレットに重ね合わせていたのだろうか。

「うん・・、許可証ももらった。これで全部かな?あーもっ!ヴァイオったら!
帰ってきたら亡者の呻き声弁当1年間作ってもらうんだからっ!」

ローザが天界貯蔵図書館を目指してから非常に多くの時間が過ぎ去っていた。
ローザの表情にも疲労の色が滲み出て来る。
天界はいつもと変わらぬ静けさと穏やかさを保っていた。
辺りは長閑そのもので、天界に漂う無数の光も何一つ輝きを弱めることは無い。


多くの天使たちにとってあの出来事はどう映ったのだろうか?
死神という謎の少女が天に向かって攻撃をし、天界は大打撃を受けたかのように
天界は一瞬にして紫と赤と黒の光に包まれた。
しかしそれもまた一瞬にして無くなり、気づけばもといた天界がそこにあったのだ。
あるものは夢か幻かと考えたが、多くの天使が同じものを目撃したことを知って、
多くの天使はあれは何だったのかと深く疑問に抱くようになっていた。
しかし、天界が崩壊の危機に曝されていた事実を知る者は少なかった。


「あ・・、モカにこれ渡すの忘れちゃってた。」
「でもいいよね、彼って結局一人でずっと喋ってたし。私の話、聞いてるんだか聞いてないんだか。」
モカはヴァイオレットの数少ない友人・・いや、モカはヴァイオレットのことをツレと呼んでいる。
いつも2人で連れ立っては天界中でトラブルを起こす、天界きってのトラブルメーカーコンビとして
モカとヴァイオレットの2天使は非常に知名度が高い、いや悪名高い。
それはダンテの大きな頭痛の種でもあるが、ヴァイオレットが一番怯えや悩みを捨てられる時は、
まさにモカと一緒にいる時かもしれない。
ふいに過去の光景が蘇る。モカとヴァイオレット、あの二人のいつも賑やかな会話。



「モカ!これ見つけてきました!」
 「あ、ヴァイオレットそれそれ!どこにあったんだい相棒!」
「フェンゼル様の奥の部屋の物置の小さな黄色い箱の中・・」
 「うあちゃ~、やっちゃったネ相棒さん!これで俺たちお尋ね者・・プフッ!」
「ええっ!お尋ね者って、これ見つけてきたら有名になれ・・・ええっっ!!!
お尋ね者・・有名になれるってそういう意味ですかーっっ!??」
 「うんうん、ヴァイオレット君よ、そういういみだよもちろん、お姉さまへの告白の成功率も上がるってもんよ!」
「そ・・・それは良かった・・良かった?んですよね??」
 「もちろんさ、キミにはあんま興味が無いことかもしれないけどね、うんと手伝っておくれよ俺のコックー!(告白)」
「え・・えいっさー!」
 「ほい、もっとこう、角度はこうっっ!!」
「え、えいっさーーー!!!!」
 「尻っ!尻を出さないっっ!!!」
「えいさーーーーーーぁっっ!!!」



ひゅんと風が吹き抜けて、それがきめ細かい白い肌を掠める。
普通の天界らしからぬ冷たく透き通った風を受けてローザは我に返った。
「そう、あの頃のヴァイオってば楽しそうだったわ。本当に笑ってる感じがしたものね。」
「今は・・・、今のヴァイオレットは・・・重い表情ばっかり。」

近頃のヴァイオレットはとかく天界に翻弄されているように見えた。
天界と魔界を行き来したり、疲労困憊の中で浄化によりさらにダメージを受けたり、そして・・、
そう、あの、極楽地獄のwebサイトの任務が持ち上がってからは、彼は常に落ち着かない様子だった。

ローザの長い睫毛がしっとりと湿気を含んで下を向く。
無意識に止まっていた足に出来た天界特有の緑色と黄色の影。
ローザは影の中に埋もれた自分の足を見つめた。
足元には不均一な網目の布地に天使文字でこう書かれている。

"ローザ先輩が、傷つかないように守って"

それはヴァイオレットからの贈り物だった。前にローザを傷つけてしまったことが余程気に病んでいたらしく、
貴重な糸を見つけてきて編んだのだという話だ。
あの後ヴァイオレットは、たいそう自分を責めていた様子で、顔は青黒く不気味な表情をしていた。
彼は時々こう零す。

「自分が怖い」と。

彼は常に何かに怯えているフシがある。
天界の目、世界のあらゆる者から、その存在自体を咎められているのではないかという恐怖。
そのどうしようも出来はしない存在という罪。存在するだけで存在する罪。
悪魔の羽をもごうとも片翼と言われ、激痛に耐えて悪魔を封印しようとも、あらゆる者から不審な目付きを向けられる。
信頼を得るために、天界に溶け込むために、そして自分の存在を見出すために、あらゆる手を使った。
地獄に堕天し悪魔として生きようとも思った。

だが生まれつき中途半端な存在の彼は、結局どこに行き着いても結果は同じ、
自分には何かが欠けていて、そして生まれつき咎人なのだと、自分を責めることもしてみたが、もうそんなことにも疲れ果て、
今はただちいさく、そう誰の目にも映らないように、道端に転がる石ころのように、できるだけちいさくなって生きる。
それが最も良い自分が生きていくための処世術なのだと彼は気づいたのだ。



そんなヴァイオレットの姿が、痛々しくて、ずっと居た堪れなかった。
ローザは彼の中の何かを変えたかった。どんなときも自分に泣きついて来る彼の姿は、
どこか弟のようでもあり、どことなく愛らしくもあった。
ヴァイオレットが編み物に縫い付けた天使文字を手でなぞってみる。
やはり形も歪だ。手触りもがさがさしているし。でも・・。

「よし、ヴァイオレットに私がバシッと元気入れてあげなくちゃ!」

ぐっと右手を握りしめてローザはイコンの元へと歩みを進めていた。
大きなゲートをくぐり、天使に許可証を見せる。防御壁に穴が開いて中に入れるようになる。
空の色が普通の天界の色とはだいぶ違う、この空間がいかに特殊かということを示していた。

「イコン、いる?私、ローザよ。」
天界の貯蔵図書館の館内に無事入館を許されたローザはどこにいるとも知れないイコンに声をかけてみる。
シーン・・・・と静まり返る館内。
イコン以外に、ここには誰もいないのだろうか?
「うん、ローザだね、ごめん、ちょっと待ってて。」
しばらくした後、どこからともなく声がする。



金と銀で施された装飾、天界では珍しい建築構造。
いくつものガラスのようなものから球体が飛び出し反射している。
ローザの足に反応して地面が赤紫色に光る。
ぴっぴぴぴぴ、ポーーーーン、高い音と低い音、どの音も優しくて、でも面白い。
この絵はなんだろう、天井近くにある、細い枠にはめられた絵。
「物語・・天界の歴史かしら?・・・・奥まで続いてる・・あ、でもあそこまでは入れないわ。」
そういえばダンテも訝しげな顔で不服そうに愚痴っていた、どうやっても奥まで立ち入らせてもらえないのだと。


「・・・・・奥には何があるのかしら・・?」
どんなに姿勢を変えて見ようが、目を凝らしてみようが意味が無い。
オパールのように多様な色彩を放つペガサスに似た生き物の彫刻、そこから先は見えない壁で封じられていて
許可された天使以外は入れないようだ。

「何やってるの?」
すぐ後ろで声がし、ローザは慌てて翻った。
「この奥って、何があるの?」
とりあえず、聞いてみた。イコンは何か知っているのだろうか?いや、イコンはここの司書であり、管理者でもあるのだからきっと。
「・・・・・・・・・・・・。」

沈黙。
イコンの目はふいと天井を見上げた後こちらに戻ってきた。
「どうしてそんなことが知りたいの?」
いつになく重々しい声のトーン、聞いてはマズいことだったのか?
「え?う~ん、ダンテも気になってたみたいだったから。」
言い逃れのようにダンテを持ち出してみる。
「はぁ、ダンテもしつこいな。」
イコンには珍しい厳しい口調と表情。
どんな時も大抵は穏やかで無邪気なイコンだが、そんな彼も任務には忠実らしい。

秘密は絶対に守り、掟は決して犯させない。

そんな厳しく仕事熱心な態度が今の彼から窺える。
少し険悪な雰囲気を察してローザはすぐに話題転換を図る。

「ごめんね、もう気にしないで!それよりね、ヴァイオのことを知りたいんだけど・・」
「うん?ヴァイオレット?」
急にイコンの表情が緩く穏やかになった。これがいつものイコンの表情だ。
ローザは天使たちに聞いた話をイコンにしてみる。

「うーん、人間界に追放ねぇ・・?ホントかなそれ?天使たちが勝手に騒いでいるだけじゃないの?」
天界でのいざこざと、半天使であるヴァイオレットと天使たちの確執を良く知らないイコンは、俄には信じがたいといった風だ。
「ルーミネイト様がいらっしゃらないから、何もわからないのよ。」
「ルーミネイト・・」
何故かイコンがルーミネイトの単語に少し反応した気がした。
「ダンテ、そういえばダンテは?」
今度はイコンが訊いてきた。
「ダンテもどこか行方が知れないの、イコンなら知ってると思ったけど違った?」
イコンは目を丸めて驚きの表情をとったかと思うと、何かを思い出しているかのように考えこむポーズをとる。
「・・・そっか、ルーミネイト様を探しに行ったまま帰って来ていないのか」
「ルーミネイト様?ダンテはルーミネイト様を探しに行ったの?」
思わず聞き返すローザ。

「それにしても任務を放っぽり出してルーミネイト様を探しに行くなんてね、ダンテってば降格がこわくないのかな?
・・・それとも、それだけルーミネイト様が大事ってこと?」
まるでダンテが目の前にいるかのように、疑問符をつけてダンテに問い詰めるようにイコンは呟く。

・・・何を怒ってるのかしら・・?イコンはルーミネイト様のこと、よく思ってない?
それともダンテのことを心配してるのかしら・・?

「・・もう、しょうがない、どうなっても知らないよ。」
ぷんぷん怒りながらイコンは両手を前に伸ばし複雑な円を描いた。
文字のようなデータのようなものが、光の粒となって、砂糖のようにイコンの手のひらに落ちてきた。
それはやがて平らになって本の形に形成された。
銀の背表紙にオリーブ色の文様が入った本、その本をイコンはローザに差し出した。
とても珍しい色合いと材質の本だ。ローザはたまに天界図書館には足を運ぶがこんな装丁の本は見たことが無かった。

「ダンテに会ったら渡してよ。せいぜい気をつけて。」
「・・イコンって、ダンテには厳しいのね。」
「・・・・、そうじゃないよ、ただ、ダンテは時々暴走するでしょ?
自分の信念なんだか何なのか知らないけど、自分の立場がすごく危うくなってもまだ気づかない時もあったんだよ。
・・・あれじゃ、いつまで経っても上級天使にはなれないと思うな。」
「・・ふふ、なるほど。そういうことね。」
やっぱりイコンはダンテのことが心配だったのだ。大切に思うほど態度が厳しくなるということなのかもしれない。


ローザは手元にあった焼き菓子を渡してイコンと別れた。
結局ヴァイオレットの情報は何一つ得られなかった。
彼は嫌われ者の半天使でいつも独りでいることが多い、イコンのところにたまに相談にも行くらしかったが、
やはり彼はいつも独りで行動するのだ。だから彼の消息を知る者はほとんどいないのだ。
振り出しに戻されたような状況に肩を落としてみるものの、そんなことをしていても解決はどこからもやってこない。

「やっぱりここは、動きまわって、みんなに聞きまわってみるしかないわ!」
ヴァイオレットと違い、ローザはアクティブで元気な女の子なのだ。

彼女はぺろっと舌を小指にあて、くるくるっと指を回転させたあと小指で天を指さした。
これはローザの元気づけのおまじない。
頑張ってこ!という自分に対する励ましを天に向けて、
神様も力を貸してね!という想いで天に指を向けるのだそうだ。
天界にも人間界にも、そして魔界にも居場所を見出だせない半天使半悪魔ヴァイオレット、

彼は今、どこを彷徨い、何を想っているのだろうか・・?




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