[7]うばわれたもの。(page7)
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ダンテの中に走る恐怖と不安。揺らぐ信頼感。
なんなんだ、このもやもやした感じは・・。
俺は天使で・・・天界に忠誠を・・・・・
バシュッ!ーーーーーっっ!!?
狼狽していたダンテを悪魔たちは見逃さなかった。
数体の悪魔がダンテの背後から攻撃を仕掛け・・・ダンテは不意打ちを食らった。
視界が震え、かすんでいく。
先ほど無慈悲だと感じた天使がダンテを庇って悪魔の攻撃を受けた。
その天使は間もなく複数の悪魔に攻撃を受け、殺された・・。
ダンテは薄れゆく意識の中でその光景を目の当たりにした。
もう何もかもが揺らいでいた。
ダンテが一心に信じてきたものが、ガタガタと崩れさっていくような気がした。
ーーーー何が、正義で、何が、慈悲なんだ。
魔界の世界は天界と皮肉にも似ており、何層にも重なって世界が存在している。
層が深ければ深いほど闇が深く光は届かない。
ブラックホールのように吸収されて、どこにも光は放たれない。
一番深い層の魔界が、俗に言う無限地獄。なのだろう。
そこまで行けば、天使も人間も助からない。そこに行く前に存在が消えて、別のものになる。
それはただの骸か、それとも悪魔か、化け物か。
天使たちが入り込めるのは一番浅い層から数えて3つめくらいまでだ。
それ以上深い魔界に突入すれば、急激に存在のエネルギーを吸い取られて消失してしまうだろう。
それではもはや戦いすらままならない。
だが、困ったことに上級悪魔とかいう連中は魔界の下の方、深い闇の層に居ることが殆どだ。
そのため今回の戦いでは、目的の上級悪魔を如何にして上の浅い層までおびき寄せるかがカギだった。
幸い、作戦は半ば成功しつつあり、
中級悪魔どもが群を成してすぐそこまで来ていた。
・・・・のだが、肝心の上級悪魔が一向に現れない。
上級悪魔にとって、同じく上級の天使を狩ることは最高のスイーツだと天使側は考え、いくつもの囮を用意していた。
魔界という極めて劣悪な環境で、天使部隊はみるみる疲弊していった。
なのに・・・一向に上級悪魔は、現れる気配すらない。
この作戦には無理があったと、多くの部隊長が考え始めていた。
時間がかかればかかるほど、戦況は天使側に不利に働く。
しかも、天界と魔界を行き来し、魔界での戦況を天界に報告していた何人もの天使がいつの間にか姿を消してしまっていた。
戦いの中で、悪魔たちにやられてしまったのだろうか。
これでは、天界側の援軍も見込めない。
この劣勢に感づいて天界が自発的に天使たちを新たに遣わしてくれれば状況も少しは改善するかもしれないが、
どちらにせよ上級悪魔が現れないことには、何の意味も成さない。
当初の任務に逆らって早期撤退するか、最後まで粘り強く戦い抜くのか、天使たちの間では意見が真っ二つに分かれていた。
そのうえ、増大する不安と恐怖の中、天使たちの信頼感が一気に揺らいでいた。
この不安の心は悪魔にとって格好の餌食となった。
悪魔はいつでも心の隙に付け入るチャンスを窺っている。
そしてそのチャンスを逃しはしない。
悪魔たちの狡猾な誘い込みにより、不安を増大させた天使たちは、内側から崩れ、悪魔の餌食となってしまった。
一旦形勢が不利に働くと、その勢いはとどまるところを知らない。
マイナスのうねりは、内側と外側の両方から天使たちを一気に追いつめていった。
やがて天使の部隊は編成することも出来なくなり、散り散りになった。
小さな集団を作り、逃げ隠れしながら、天使たちは戦い、天界を目指してさまよった。
ある天使が、SOSの魔法を、天界へ向けて放つ。
それを見たほかの天使も、SOSを魔界の空に向けて放った。
それらを見ていた生き残った天使がたくさんのSOSを、空へ投げつけた。
途中で魔界に阻まれ、そのSOSは届かなかったかもしれない。だがもう、ほかに手段は思いつかなかった。
戦う力も残りわずか。必死で逃げ隠れしつつ戦いを避けられるだけ避けた。
ーーーーそんな中、ダンテはどうなったのだろう。
ダンテは、地中に埋まっていた。
沢山の、死体に守られて、かすかに命を留めていた。
これが、彼の求めていた、ほんとうの慈愛の姿なのかもしれない。
もう物言わぬ天使たちが、骸となってまでも、ダンテを守ってくれていた。
しかしダンテは目覚め、この惨状を目の当たりにしたとき、一体どう思うだろうか。
生き残った者が幸せなのか、死んだ者が幸せなのか。
そんな残酷な選択肢が、悪魔の望む世界なのだ。
天使で居るために、いつも、気を配っていなくてはいけない。
悪魔たちの意図に乗せられてはいけない。
それが、悪魔たちの意図するものだと気づいたら、いち早く、そこから抜け出さなくては、簡単に魔界に引きずり込まれてしまう。
よおく、自分の思考を観察するんだ、
それが魔界に属する思考の産物か、天界のものなのかを、
よおく、見ておくんだよ。
叔父のトッヘルが、ダンテに言い聞かせていた言葉のひとつだ。
彼は聡明だった。昔はすごかったとも、風の噂で聞いている。
今ではへにゃりとした、覇気のなさそうな、人の良さそうな初老の天使ではあるが。
ダンテはトッヘルに格別に世話になっていた。
天界では必ずしも親子関係や親戚関係というものが存在しない中、
トッヘルは多少過保護気味だったが、ダンテに多くのことを教えてくれた。
そしていつも口を酸っぱくして言っていたことがもうひとつ・・・。
ーーーーヴァイオレットを許してあげなさい。彼の存在を許して、そしてダンテ、自分の存在をもっと楽にしてあげなさい。
誰かを許すということは、自分を楽にすることだ。光の中に解放してあげることなんだよ、ダンテ。
君はもっと、軽くなってもいい。楽しんで良い。
両親の業なんていう、わけのわからない、目には見えない不確実なものに囚われ続ける必要なんてどこにもないんだ。
そんなものはどこかへ捨ててしまって、君がもっと自由に振る舞える生き方をすればいい。
それの方がずっとダンテらしいと、私は思うよ。
ダンテは意識を失った中で、そんなトッヘルの言葉を、思い出していたのかもしれない。
だが、そうしているうちにも戦況は見る見る悪くなっていく。
1人、また1人と・・・・天使はやられていった。
あと、何人、魔界で生き残っている天使がいることだろう。
誰も、その状況を把握できている天使はいない。
ダンテが埋もれた死体の山に、数匹の悪魔たちが近づいてきた。
「ココカラ・・・ニオイガスル。」
「確かニ・・・・生キた、・・・・天使ノ・・・匂イ!」
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