[8]うばわれたもの。(page11)
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さあ試してみよ。ダメもとで。今日もチャレンジ。
今日だめでも、また明日もチャレンジ。
救われるチャンスはいつでも君のそばで待機している。
キミが来るのを今か今かと待ち望んでいる。
それはキミの意志ひとつ。
悲しんで、嘆いて、哀れんだ後、恨みは水に流そう。
他でもない、キミを自由にするために。
そんな苦しみの世界からは抜け出そう。
もうキミには必要のないものだ。光の中で生きたいと願うキミにはふさわしくない。
いつでもたくさんの幸せがキミを取り囲んでいるというのに、そんなものにしがみつくなんて、
そこまで自分を貶める必要なんてどこにもない。
ああまた、この争いと憎しみの世界に戻ってきてしまった。でも一度でも抜け出せたなら、次も抜け出してみせる。
そう、その調子、やがてキミは気づくだろう。
恨みは自分への愛のために解放し、悲しみは自分への治癒の為に行うことに。
そうして1人、また1人と争いの世界から抜け出すうちに、本当に争いが減ってくる。
今の世界に嫌気が差したならそれは、次のステージへ昇格する、大チャンス。
もうそんな苦しみの世界にいなくていいんだ。十分経験したと思ったなら、
はやくあがっておいで。ねえヴァイオレット。
たまに、ごくたまに、その声は苦しみ藻掻くヴァイオレットにも届いていた。
誰の声だかもわからないけど、夢見が良いときに、たまに耳に残っている。
あのやさしい雰囲気、楽しそうな雰囲気。
いつも声は楽しくわくわくしている感じがした。
そしてその声はいつもヴァイオレットに、はやくこちらに来るように誘っていた。
声は、うれしくてたまらない、愛おしくてたまらない、そんな想いがはちきれそうだった。
はやくあがってきて、今のキミが想像だにしないような、
すごい世界を体験してみなよ。
魅力的で、わくわく、どきどきが止まらない。
そして楽しくて、面白すぎる。
今のように人生を捨てて寝ていることがとても勿体無いことのように感じられるよ。
はやくあがっておいでよ。今から楽しみで仕方がないんだ。
キミの未来は、いつでも無限大にすごいんだ。
はやく来てくれないかと、この喜びを共有してくれないかと、今からわくわくして止まらないんだ。
はやくおいでよ、ねえ、ヴァイオレット!
すごくテンションの高い力強い声は、ヴァイオレットの苦しみの世界に着いた頃には、
蚊の鳴く声よりも微かなくらい減衰されて、頼りないものになっていた。
ヴァイオレットはその時、ただの幻聴だと思っていた。
あまりに苦しすぎて、自分は幻聴を聞くようになったんだと思った。
そうして、現実の世界では、相変わらず同じように、毎日、毎日、苦しみ藻掻いていた。
そんなどん底の暗闇生活は、永遠に続きそうで、
実際彼に光が当てられることはなかった。
来る日も、来る日も、沢山の苦しみを、ヴァイオレットは味わい尽くしていた。
彼の暗闇の世界からの視点では、誰も彼を助けてくれるものは居なかった。
その暗闇に覆われた世界の外で、ほんとうは何が形作られ、次に何が起きようとしているかなど、彼は知る由もない。
ただただ彼は、永遠に続くであろう無限の苦しみに、今日もまた耐えていた。
ただ、魔王に戻りたくない、もう天使たちを殺したくない。たったそれだけの意志の力で。
彼が抱え込んでしまった大きすぎるマイナスのエネルギーを、もう二度と放出すまいと、
一人でずっと、ずっと、耐えていた。正気なんてとっくに失っていても。
それでも誰も助けは来なかった。
小さな努力と、大きな、時の流れの力。
小さな努力は、大きなうねりの前には、砂塵同然であった。
だが小さな意志の力は、一見砂塵のように儚く無力に見えて、後にその意志こそが、大きなうねりとなって返ってくることがある。
現実がそう容易く変わることはない。
だが、いつでも、未来は誰にもわからない。
天界の辺境の地で、とぼとぼ、小さな陰が見える。
力無く、今にも消えそうで、そしてその背中はとても悲しく見えた。
小さな陰を見つけた天使が駆け寄った。
その天使はずっと、帰りを待っていた。
帰ってくると、そう、願い続けて。
小さな2つの点は、近づき、重なった。
消えそうな天使は、もう、長くはなかった。
かつて天界で事件を起こし、目を付けられ、天界の辺境に閉じこめられた。
四肢の自由を奪われ、発言の自由を奪われ、行動も奪われた。
生きた死体。いまやかつての栄華の影は無い。
ーーーー彼の名はイオニス・ログ・ハディス。
大天使トマスファリに身を拘束された、
かつての英雄、そして、
・・・イコンと呼ばれた哀れな天使の
真の名だ。
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