[8]狂想ドデカフォニー(page4)
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兵士はそんなことなど気にも止めず行ってしまう。
そもそも顔を見られたら捕まるのかもわからない。
隠れる必要があるのか疑問だが、ローザたちが捕らえられた以上、慎重に行動すべきだと考えた。
・・・・が、道中何度も兵士とすれ違うが、誰もダンテたちの方を見ようともしない。
皆一様に、せかせかと先を急ぐように通り過ぎてしまう。
馬らしき生き物に乗っている兵士が殆どだというのもあるかもしれないが。
道を歩いていると、旅人から気になる話が飛び込んできた。
隣国のヤンゴン国との戦で最近、奇妙なことがあったらしい。
不死身の軍団、といって、最近起こった戦で戦ったヤンゴンの兵士が、いくら戦ってもピンピンしていたんだそうな。
戦という絶望が支配しがちな場で活力と希望に溢れた目をしていたらしい。
旅人は傭兵を志願して首都に行ったのだが、戦から逃げ帰ってきた兵士の話を聞いて、考えを変えたらしい。
いくら戦っても活力と希望に満ち溢れ、ピンピンしている。
・・・・・そう、まるで安定装置の力だ。
あれ自体は天界ではエネルギーを満遍なく行き渡らせる為に使うのだが、装置自体に膨大な光のエネルギーが組み込まれている為に、装置の影響でそんなことが起こっても不思議ではない。
ヤンゴン国か・・。
旅人の話では単一民族からなる武術に長けた国だと聞いた。
ヤンゴンに向かうべきか、このまま首都に行くべきか。
ダンテは思案を巡らせる。
が、ローザたちの命がかかっている以上、安定装置は後回しにするほかない。
ダンテたちは引き続き、ロンバヌ帝国の首都ロッカを目指すことにした。
先ほどいたサマイテの町が首都ロッカからそう遠くないせいか、道は非常に整備されており、通りやすかった。
だがその舗装ゆえに、馬車のや騎馬の交通頻度が高く、道の端を気を配りながら歩くことを強いられた。
首都ロッカに着くまでに5日ほど野宿をしたが、
野宿に乗り気ではなかったダンテも、5日目には大分慣れたらしく、文句の数が段違いに減っていた。
りんごは相変わらず辛抱強く、文句一つも言わず耐えていた。
ただ、りんごはその口数の少なさと忍耐ゆえに、何かと抱え込むことが多いのか、ダンテより体調を崩しがちであった。
りんごが体調を崩す度、ダンテは自分の文句の多さが原因かもしれないと少し反省した。
しかし幸運なことに、首都に着く手前5キロほどのところで、気のいい商人が馬車に乗せてくれるというので、なにか裏があるかもしれないとは思ったが、2人ともとても疲れきっていたし、商人の人相がそう悪くないようだったので、遠慮なく乗せてもらうことにした。
道中商人からいろいろな話が聞けて、とても役だった。
さすが商人というのは、様々な情報を握っているものだ。
最新の政治情勢から物資の流通具合、物価の値動き、些末な噂に至るまで、幅広く情報を入手しているようだった。
商人のお陰もあり、関所が厳しいと言われていた首都ロッカにも難なく入ることが出来た。
この世界に来てすぐ、荒廃した大地と屍、そして飢えた住人ばかりが目に飛び込んできた挙げ句、間もなくして仲間の天使が殆ど捕まってしまった時は絶望したが、
こうして誰かに助けられると、この世界も少しは捨てたものじゃないと思えた。
道中で様々な情報をくれた旅人、商人、物を売ってくれた市場の男性、宿に泊めてくれた中年の女性、
すべての小さな恩が積み重なって、
やっとここまで来られた。
はじめの絶望的な不遇によって、もう半ば、諦めかけていた。
だが小さな恩が積み重なると、なんとかこうして、首都まで辿り着けるものなのだと、
それが少し不思議だった。
最悪の場合、うまくやらねば関所で捕らえられることも想定していた。
その手前で兵士に捕まるかもしれないことも。
しかし想定していた最悪の事態は何一つ起こらなかった。
一方で、想定していなかった悪いことは起こるものだ。
ダンテは首都ロッカに入って間もなく、スリに遭った。
手持ちの貨幣と食糧が一部無くなっていた。
あまりの鮮やかな手口に、気づくことすら出来なかった。
いつ盗まれたのかもはっきりとはわからないが、恐らく大通りを歩いていた時だろう。
大通りは人も多かったが、何より目の前に飛び込んできた巨大で荘厳な城に圧倒されていたからだ。
城に目を奪われていたダンテたちは、確かにスリにとっては格好の餌食だっただろう。
商人の町サマイテは活気はあったが、スリが横行している気配はなかった。ただ運が良かっただけかもしれない。
だがここは違う。
気を抜けばスリにも遭うし、ぼうっとしていれば、妙な物を買わされたりもする。
騙しや窃盗が横行しているのだ。
まして、スラム街に行くと、この世界に来て最初に見た住人と大差ないほど痩せて見窄らしい格好をした人たちがいて、
一方で富裕層の住宅街に行くと、これまた見たこともない高価そうな衣やアクセサリを身につけて、スラム街の住人とは天と地ほどの差がある暮らしをしている。
都心部というのは、対局的な強い光と闇とが混在するような場所なのだろう。
「・・・・さて、」
ダンテは目の前に聳え立つ仰々しい装いの城を見上げた。
「・・・・どうやって乗り込むか。」
「逃走の為の道具は買い揃えました。ですが・・」
りんごはダンテに頼まれ、盗賊御用達の煙玉や爆薬、隠しナイフなど道具一揃えを買い込んでいた。
ダンテはその間に情報収集をし、城への進入手段を探っていた。
現在は情勢が不安定で戦も多いため、傭兵として入るのが最も自然だという結論に至った。
「酒場で以前城の牢屋に入れられていたという男を見つけて、おおよその牢屋の場所を聞き出してきた。」
そういってダンテが紙を広げる。
牢屋には、ローザやヴァイオレットたちが捕まっている可能性が高いからだ。
「まあ、場所が聞き出せた代わりに、随分高額な酒代を払わされたがな。
情報が信用ならないからお前も同行しろと言ったんだが絶対にイヤだと拒否されて・・。」
ぶつぶつと言っているダンテにうっすら微笑んでりんごが一言。
「情報がいただけて、よかったですね。私たちはとてもラッキーです。その情報が正しければですが。」
「ああ、まあ念のため、傭兵として城にいた奴の情報も聞いてみたが、さほど間違ってはいなさそうだ。
だが酒代は無駄になってないぞ。収監された奴の情報は抜きん出て精細だ。
まず、牢屋に見張りが来るのが鐘3つと鐘5つ半の時。」
ダンテが弁明と説明を始めた。
鐘3つ、すなわち午前10時頃と午後3時頃だ。
見張りは2人1組で来るらしい。
ほかに常駐で2人ずつ牢屋3つごとに見張りがいるらしい。
戦時中なら混乱で警備が手薄になるかもしれなかったが、生憎先日の暗殺事件で戦争が中止になってしまった。
当然傭兵ごときが牢屋に行かせてはもらえない。
何か理由を作るか、もしくは途中で城の兵士に扮装する必要がある。
・・・もしくは・・。
ダンテは考えを振り払って話を続けた。
「・・それと、城に乗り込むにはこちらも戦力がいるだろ。」
「はい。」
ダンテは徐に懐からブレスレットを取り出す。
「この国の南東にイピという国があったのを覚えてるか?」
「・・ええ。」
「そこは魔術に長けた国なんだそうだ。その国から流れ着いた物品が市場にあった。
今は情勢が不安定で異国の品は値段が跳ね上がっているそうだがこの際仕方あるまい・・。」
「これは・・魔力増幅装置ですか・・。」
りんごの手にあるダンテから手渡されたブレスレットは怪しく光っていた。
「この世界で作られたものだから完全に調和はしないだろうが、俺たちの力の増幅に役立つだろ。」
ダンテはその他にも珍しい魔法の品を沢山見せた。
そして一通り品物の説明をした後、小さな溜息をついてダンテは詫びを入れた。
どうやら予算的にも、話術的にも、ダンテとりんご以外の仲間を見つけることが難しかったらしい。
そもそも、城に乗り込むなどという極めて危険な目的に賛同者などそう易々と見つかるはずもない。
金で雇えば協力者も見つかったかもしれないが、その分の予算を物品の買い込みに使ってしまったらしい。
そもそも、ダンテもりんごも一匹狼タイプで、人と連むのを好まない。
つい本能的に、協力者より、自己を守るための道具を優先してしまったのだろう。
「やれるだけのことをやりましょう。」
りんごはダンテに安心させるように、穏やかな微笑みで返してくれた。
ダンテはもともと苛烈な性格で、一人でも躊躇なく城に乗り込んでしまうところがあるのだが、今回はりんごがいるため、いつものような向こう見ずな行動は出来ない。
ダンテはそう思い、急き立てる想いと焦りを抑えていた。
「今から城に乗り込むか。」
ダンテが低い声でそう囁いた。
が、返事がすぐに返って来ない。
ダンテは違和感を感じふとりんごの方を見上げた。
りんごはうつむき何かを考えているようだった。
そして、こう口を開いた。
「もう1日だけ、待っていただけませんか。」
ダンテは予想外の返答に一瞬目を丸くしたが、何か思うところがあるのだろうと、なにもきかずそれを了承した。
資金は限られている。そして、ローザやヴァイオレットたちがいつ殺されるかもわからない。いや、もう既に・・。
ダンテはぐるぐるぐるぐると悪い予感に苦しみながら、焦りを必死で抑えていた。
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