[8]狂想ドデカフォニー(page8)
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立ち尽くすダンテに声を掛けたのはりんごだった。
「見てください、こちらにも部屋が!」
それはさらに少し階段を上ったところにある部屋だった。
扉には鍵が掛かっている。
ダンテたちは急いで兵士たちの持ち物を調べるが、
鍵らしきものが見当たらない。
鍵は特別な者しか所持していないのだろうか・・。
扉は頑丈そうで、全力で魔法や火薬を使っても、開くかどうかは微妙なところだ。
頭が真っ白になったまま、時間だけが過ぎて行く・・。
「もう壊すしかない!」
ダンテが待ちきれずそう言った。
しかしりんごは何かを考えていた。
「5分だけ、時間をください。」
彼女は静かにそう言うと、何かを真剣に考えているようだった。
りんごは、音で変形する魔道具を取り出し、
兵士たちが持っていた他の牢屋の鍵と睨めっこをしていた。
そして鍵のない扉の鍵穴を丹念に調べながら、音で変形する魔道具を変形させて何度か開錠を試みた。
ダンテはりんごのことをある程度は信じてみたものの、
10分経っても一向に扉は開かない。
たったの10分が1時間のように感じるし、
こうしている間にも兵士たちが大勢で隊を組んで押し寄せてきている気がして、気が気じゃない。
それにこの10分が生きるか死ぬかの境目になることだってよくあるのだ。
・・・・やはり、扉を力ずくでも壊した方が・・!
ダンテの我慢が限界に達し、りんごを扉から押し退けようとした。
・・そのとき。
ギイ・・・。
重く低い音がした。
ゆっくりと、扉が開く。
そして・・・目の前には。
「ローザ!ソッテ、アルベ!」
「・・・・ヴァイオレットさん。」
ダンテとりんごは天使たちの名を呼んだ。
天使たちには惨たらしい拷問の傷跡があった。
ヴァイオレットなどは皮膚が腫れ上がり人相がわからなくなるほどだ。
ローザも傷だらけだ。火傷のあともある。
事を急いだのは正解だった。
これ以上先延ばしにしていたら、誰かが死んでいたかもしれない。
いや、確実に死んでいただろう・・。
だが、ダンテは耳を疑う事実を聞かされる。
「こいつが全部吐いたんだ!」
同行していた天使のうち一人、青髪のソッテがヴァイオレットを指さして言った。
「ちがうの、ヴァイオレットは私たちより集中的に拷問を受けたのよ・・!」
ローザが慌てて庇う。
「それは、この半天使が拷問すれば吐くと思われたからだ。」
ソッテが返す。
「何を喋った?」
ダンテは低い声で、ヴァイオレットに尋ねた。
拷問で顔の潰されたヴァイオレットは何も言わなかった。
「ヴァイオレットは、拷問を受けて以来、私たちにも何も喋ってくれないの。どうか彼を問いつめないであげて。」
ローザは必死に懇願した。
りんごは天使たちのあまりの惨い姿に心が張り裂けそうだった。
だが逃げる時に魔力を残しておかなければならないため、
天使たちの足だけに治癒魔法を重点的にかけた。
「すみません・・・私たちだけが拷問から逃れてしまって。」
りんごがそう言ったが誰も責めはしなかった。
ダンテたちは持っていた鍵の中からサイズと形状の合う鍵を見つけだし、
ローザたちの首輪と足枷、手錠を解錠していく。
幸い首輪や足枷などはほかの囚人と同等のものらしく、すんなりと外すことが出来た。
「もうすぐ夜明けだ!早くしろ!今すぐ城を出るぞ!!」
ダンテが急かした。
「そんな!無理よ!ヴァイオレットは歩けないの!」
ローザが抗議する。
「じゃあそんな奴置いて行け!」
ダンテが焦りのあまりそういうと、
ヴァイオレットの体がぐっと強ばる。
「ダンテさん!」
りんごが強く制止した。
りんごの気迫に押されて、ダンテは態度を変える。
「わかった・・歩けないなら誰かが運べばいいだろ。」
「ダンテさんが負ぶってください。他の天使は負傷していますし、私よりダンテさんの方が力があります。」
りんごはそう言い放った。
ダンテはありえない・・という顔をしたが、りんごがあまりに真剣に怒っているので、しぶしぶ、了承するしかなかった。
そしてダンテがヴァイオレットを背負おうとすると、今度はヴァイオレットが拒否した。
何か言いたそうだがよくわからない。
彼はそこに座り込み、手で僅かに向こうへ行け、の合図をする。
どうもヴァイオレットは自分を置いて行け、と言っているらしかった。
ダンテはしれっとした態度ですぐに背中を向け、本当にヴァイオレットを置いて行こうとする。
ダンテが背中を向けてとっとと先へ行こうとするのをローザたちが引き留めていると・・・・
ヴァイオレットはゆっくり、塔の窓から体を滑らせた。
ソッテがそれに気づき、叫んだ。
ローザがいち早くヴァイオレットに駆け寄る。
ヴァイオレットは窓からゆっくりと落下・・・・
しかけて、ローザが細い右手で落下を食い止めた。
・・・が、ローザの力ではとてもヴァイオレットの重さには耐えきれない。
すかさずりんごが手を貸し、その後でソッテ、アルベも力を合わせ、ヴァイオレットを安全な場所まで引き上げた。
ダンテだけが、一部始終をただその場に立って見ていた。
それに気付いたローザが、今まで見たこともない目をして、こちらに近づいて来た。
「ヴァイオレットは死ぬ気よ!どうして優しくしてあげられないの!」
「死にたい奴は死ねばいい。」
「わからないの、世界にたった一人でも、存在を認めてくれる人が必要なの!」
「それは俺じゃない。俺はあいつが嫌いだ。」
「あなた以外に誰がいるのよ。誰が彼の存在を認めてあげられるっていうの!」
「俺は、あいつがあわよくば死んでくれればいいと思ってるんだぞ。」
・・・・そこで、会話が止まった。
ローザはもはや言い返さない。
その代わり、目が抗議の涙で溢れていた。
「あなたほんとうに天使なの?」
ローザに、最後にそう言われた。
・・・天使?
天使に生まれたから天使なんだ。
悪魔に生まれたからそいつは悪で、
半天使に生まれたからヴァイオレットも悪だ。
俺にとっても、天界すべての天使にとっても。
ダンテとローザが揉めている間に、りんごがヴァイオレットを背負っていた。
「時間がありません、みなさん逃げましょう。」
りんごはダンテにヴァイオレットを背負わせるのを諦めたらしく、小さな体で賢明にヴァイオレットを負ぶっていた。
ローザはそれを見てまたダンテに抗議の眼差しを向けるが、ダンテはこちらを振り返らないまま塔を下りようとしていた。
「リーダー失格ね。」
ローザが捨て台詞のようにダンテの背後からそう放った。
その言葉に、ダンテが初めて反応する。
任務を任されたのは俺で、俺がリーダー。
任務を遂行し、天使たちを無事帰還させるのが俺の責任。
ダンテがローザの言葉に狼狽している隙に、
りんごがさっさとヴァイオレットを背負って先に行ってしまった。
そう、とにかく時間がないのだ。
だがローザとダンテは始終言い合いをしたままだった。
勿論逃げながら。
だが言い合いを続けているせいで、反応が鈍い。
逃げる途中兵士に出くわすが、先頭を走っているりんごはヴァイオレットを背負っているせいで十分に動けない。
そこですかさずダンテが助太刀しなければいけないはずが、
代わりにソッテが参戦してくれる。
ダンテは後から遅れてローザと来る。
とても役に立たないリーダーだ。
螺旋階段が狭いお陰で、一度に大勢の兵士を相手にせずにすんだ。
また行きの際兵士を眠らせておいたお陰で兵士の動きが鈍い。
今のところ援軍は来ていないようだ。
気付かれていないのならば、それに越したことはない。
そう安堵したのも束の間・・・。
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