[8]狂想ドデカフォニー(page11)
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彼が元の状態に戻ってくれれば、戦力が一人分増えるうえ、誰かがヴァイオレットを背負う必要もなくなる。
・・・そして何より、ダンテ自身が良心の呵責で心を痛ませられることもなくなる・・。
ダンテは静かに、衣服の奥にしまっておいた治癒の羽の1枚を取り出した。
少しの間羽を見つめてから、やがて決心したようにヴァイオレットへ近づく。
焼け爛れた肌に殆ど覆われてしまったヴァイオレットの目はこちらを見ようともしない。
そもそもダンテを認識しているのかすらわからない。
ただその雰囲気は、ダンテを拒絶しているように見えた。
ダンテは痛みを振り払うように一直線に、ヴァイオレットの心臓に治癒の羽を当てた。
・・・・すると、
真っ白い光がヴァイオレットを包む。
この匂い、光、暖かさ。
懐かしい気配に天使たちが一斉にこちらを振り向く。
見ているだけで、すべて悪いことなど忘れそうな神々しい光。
ささくれだった心も豊かに彩られるような。
どんな邪悪な闇すらも一瞬にして優しく目映い光にとけ込んで、その一部となって輝きすら放つような。
そんな光だった。
光はしばらくの間、各々のストリームを描きながらヴァイオレットを取り巻いていた。
そしてしばらくすると神々しい光が徐々に収まってきた。
光のストリームが徐々に薄くなり、
中からヴァイオレットが顔を見せた。
ダンテは真っ先にヴァイオレットの身体を確認する。
その姿には、きちんと、
あるべき場所に目があり。
鼻の位置もふつうだ。
皮膚も腫れ上がっていない。
髪の毛もきちんとある。
手と、足もちゃんとまっすぐ伸びている。
指もちゃんと5本ある。
きちんと本来の姿に戻っていた。
これが本来の姿。
これが本来の人間の肉体の姿。
なのに、なぜ、涙が出るんだろう。
なぜ、こんなにもありがたく、神々しいんだろう。
ヴァイオレットは黙ってダンテを見つめていた。
物言わないのは同じだった。
近くで見ていたローザは両手で目を覆って泣いていた。
他の天使も天界の懐かしさと目の前の奇跡に目が潤んでいる。
ダンテは無言のままヴァイオレットを見つめている。
天使たちは一頻り感激したあと、
こんなものを持っていたならなぜ早く使わなかったのかとダンテに聞いた。
ダンテは、俺には責任がある、とだけ答えた。
その責任とは、治癒の羽の一番重要な使いどころを見極める、責任だろうか。
それとも天使たちを無事天界まで帰還させる責任だろうか。
あるいはヴァイオレットをこんな目に遭わせてしまった責任・・だろうか。
きれいな姿に戻ったヴァイオレットだったが、何度ローザが話しかけても、他の天使が話しかけても何も答えない。
ローザはその姿を見て、塔の窓から飛び降りようとしたヴァイオレットの姿が重なった。
もしかして・・・、心の傷は癒されていないままなのかしら。
ローザの心がきりきり痛む。
城に捕らわれていた時、ヴァイオレットがぽろっと何かを言ってしまったせいで、そこからヴァイオレットが集中的に拷問を受けるようになった。
でもそのお陰で、ローザたちの拷問が軽くて済んだのだ。
ある意味ローザたちはヴァイオレットに助けられていた。
そのことがあって、ローザもまた、ヴァイオレットのことに自責の念を感じていた。
しかしヴァイオレットは一向に口を噤んだままで、周りにはどうすることも出来なかった。
ヴァイオレットに関しては、しばらく見守るほかない。
大木の前に腰掛けて、ダンテたちは改めて、今の状況を整理することにした。
ヴァイオレット以外の天使たちの話を総合すると、
この世界に来てすぐ兵士に襲われたのは、他国の密偵と間違われたからだという。
そしてヴァイオレットがロンバヌ帝国に話してしまったことというのは、安定装置のことらしい。
そしてヴァイオレットは密偵の疑いを晴らすために、自分が半天使だということと、魔法を使ったりしたところ、より厳重な特別監獄の最上階へ移されてしまったというのだ。
安定装置のことを兵士たちは知らなかったようで、ヴァイオレットから安定装置の話を聞き出した兵士たちは、それがどんなものでどこにあるのかと執拗に拷問されたという。
「・・・それにしても、どうして俺たちはあの時捕らえられなかったんだ?」
この世界に来て間もない、力もまともに使えない天使たち相手に、あの兵力で挑めば全員を捕縛することが出来たはずだ。
なのに、ダンテとりんごだけは助かった。
・・・助かったというより
兵士たちが途中で撤退したお陰で助けられたのだ。
「よくはわからないけど、枢機卿がどうとか・・・頻りに言ってたわよね?」
「言ってたね~」
ローザとアルベが互いに見ながら言う。
どうも、枢機強の暗殺と関係があるらしい。
何か緊急の事態になって俺たちに構っていられなくなったため見逃してもらったのだろうか。
アルベが言葉を挟んだ。
「それと、イピ、イピって、なんかよく言ってたねぇー」
「イピって何かしら・・?」
天使たちはどうやらイピの密偵だと勘違いされて捕まったらしい。
この世界の情報をまだよく知らないローザたちの為に、
りんごは持っていた地図を広げて説明した。
「私たちが今いるのがロンバヌ国、南西にヤンゴン国、南東にイピ国が、
そして西にハズラ国、東にプットル国があります。」
「戦ってもピンピンしてるって言ってたのはヤンゴンの兵士だったか・・」
ダンテが付け加えた。
「・・どういうこと?」
ローザたちは全く情報が把握出来ていない。
「ヤンゴンに安定装置がある可能性が高いということだ。」
「ヤンゴン~・・・?南西のこれかナ?・・・あれ、でも・・・・」
アルベが重要なことに気づく。
今自分たちが潜り込んだロンバヌの城近くにあった森は、むしろイピの近くに連なっていたのだ。
この森を抜けて200キロほど南南東に行けばロンバヌとイピの国境付近に出られる。
「ヤンゴンよりむしろイピやプットルに近いよ!」
アルベの指摘に、全員が黙り込んだ。
しばらくして、ローザが質問する。
「・・イピって・・・どんな国なのかしら・・?」
りんごがそれを受けて、徐ろに本を取り出す。
表には世界小辞典、と書かれてある。
城堀の水の中に飛び込んだりしたせいで、紙がよれよれだ。
「慌てて色々買い込んだので、これがあることを忘れていました・・。」
りんごが本を開くと、簡単に各国の情報が書かれていた。
イピは・・・、ヌソン族が8割を占める魔術の国。我が国ロンバヌには到底及ばないが、
魔術体系の確立と魔術に基づいた政治が行われており、その戦闘力も目を見張るものがある。
現在は停戦協定が結ばれており、戦はしていない。
「・・・・だ、そうです。」
一行はしばらく顔を見合わせた。
「いずれにせよ、ここロンバヌにはいられないだろう。」
「・・・そうね、あんな大騒ぎ起こしちゃったし。」
ダンテとローザが言った。
「・・それなら、イピを通ってヤンゴンに行くってのはどうかな?」
ソッテが地図を指差しながら提案する。
「遠回りだが致し方ないな。」
ダンテが了承、皆異論はなさそうだ。
それにしても、この森の詳しい地図があれば良かったのに。
地図はいくつか買っておいたが、世界地図と、この国の地図、そして城周辺のアバウトな地図しか持っていない。
この森がどのくらい深いのか、高度や道などの情報がわからない。
「せめて方角がわかれば・・・」
ダンテがそう呟くと、りんごは何かを思い出したかのように、荷物を整理しはじめた。
本3冊。植物図鑑、世界小辞典、戦場サバイバルの心得の3冊だ。
そして地図が3枚。世界地図、ロンバヌ国地図、ロンバヌ城周辺地図(りんごの手書き)。
あと道具がいくつか。
アルベが回収した切れかかったロープ。
音で変形する道具。
手裏剣のような武器。魔力増幅装置。煙玉。
魔力増幅装置はアクセサリの形態で、はじめりんごとダンテが複数身につけていたが、
監獄塔から逃げる際にヴァイオレットを除く天使たち5人に配分していた。
資金が残り少ない為、これ以上は安易に買い足すわけにもいかない。
とりわけ魔力増幅装置と音で変形する便利道具の値段はほかに比べて飛び抜けて高かった。
道具の力で強くなることは可能でも、それには相応の資金力がいるということだ。
「・・・・あ、ありました!よかった・・。」
りんごが小袋から取り出したのは、青・赤2つの石が入った透明な入れ物だ。
この容器に入っているのは通称方向石といって、この世界のコンパスの役割を果たす。
共鳴磁石の一種で、赤く塗られた石が南、青く塗られた石が北の磁場と共鳴しその方向を向くのだと、市場の店員が教えてくれた。
これらの石は極地付近で採掘される、ロンバヌでは貴重な石で、採掘地から離れれば離れるほど精度が弱まるんだそうだ。
だが北の石の精度が弱まると、それを補うように南の石の精度が強まる為、2つの石を配置していると言っていた。
「・・・そんなものがあったのか・・!」
「手持ちのお金が足りず、1つしか買えませんでした。」
りんごとダンテが別行動をとりロンバヌの首都ロッカで買い物をしていた時にりんごが手に入れたもののようだ。
1人だけでは見落とすようなものも、2人、3人になれば見つけることができる。
魔力増幅装置を買い込んだのはダンテの手柄で、この世界に関する本を手に入れたのはりんごの手柄だ。
2人の行動が天使全体の大いなる助けになっていた。
何はともあれ、このコンパスがあれば、この森を抜けることが大分容易になった。
とはいえ、地形や高低差などがわからないため注意はしなければならないが、
方角だけでもわかれば、最終的にイピを目指すことが可能になる。
「あの~・・・・。」
アルベがさっきから何か言いたそうだ。
「・・どうしたのアルベ?」
ローザが聞いてみる。
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