[8]狂想ドデカフォニー(page23)
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「・・・・ダンテさん。」
聞き覚えのある声が聞こえた気がして、ダンテは慌てて声の主を探す。
「あっちの方の牢からだ・・・!」
アルベがいつの間にか鉄格子に顔を挟み、左奥を指さして足をばたばたさせている。
「・・・ダンテさん・・ですか?・・・私です、りんごです。」
「俺もいるよ・・・。」
それは間違いなく、りんごとソッテの声だった。
この間もそうだったが、イピの牢屋には、兵がいない。
鉄格子ごしではあるものの、自由に話が出来そうだ。
「ソッテ!ソッテなんだ!りんご!りんご~!」
アルベが泣きながらはしゃいでいる。
「ソッテ、りんご、無事か!?」
ダンテが声のする方向に向かって尋ねた。
「・・ええ、まあ。」
「りんごは崖から落ちる時、足を怪我して杖と義足無しじゃ歩けないんだ!」
「・・・すみません、防御するのが少し遅れてしまい、大きな岩に直撃して・・・。」
そういえば、転送する前見たりんごも足を引きずっていた。
そもそも俺があの時助けられていれば・・・。
「・・・ダンテ、あの半天使に使った時のような、すごい道具を持ってないか?りんごの足を治してあげたい。」
「そんな・・・私の不手際でそんなことは・・」
それを聞いて、ダンテがアルベを見る。
「・・・やるぞ。牢屋を壊す。」
「え・・でも・・・うん。」
アルベは若干不安そうだったが、ダンテと2人で力を集結させていく。
そして・・・、鉄格子へ向かって魔法を放った!
・・・2人の渾身の魔法は鉄格子に当たったものの、何故か鉄格子は壊れなかった。
「あれっ・・・何で・・・あの時は出来たのに・・!」
「きっと力が足りないんだ、あの時は天使の光が増大していたし、ローザもいた。」
「それだけじゃありません・・。」
アルベとソッテの話し声を聞いて状況を把握したりんごが遠くから語りかけてくる。
「鉄格子を壊そうとしたんだな?俺たちもやったよ。でも今度は魔法防壁の張られた牢屋に移動させられてさ・・。」
「この鉄格子も、私とソッテさんの力では壊せませんでした。」
「・・・これじゃりんごの足も治せないし牢からも出られない~~ん!!」
アルベがじたばたしながらぐるぐると回っている。
「4人の力を合わせましょう。」
「でも、距離が離れてるから・・・届くかな。」
りんごが、4人の魔法をリンクさせて、鉄格子を壊そうと提案してきた。
だが距離が離れていると、力が減衰する。
成功するかどうかは微妙だった。
「ねー、心をリンクさせる為にさ、あれやろ!」
アルベの提案で、前回牢屋を壊したときにやった、自己肯定の言葉をそれぞれ言うことにした。
アルベと、ダンテ、それに続いて、りんごとソッテが自分の天使としての存在を確認しながら言葉を口にしていく・・。
「・・・よし、じゃあ、やろう!」
天使たち4人が、ゆっくりとお互いを感じながら、力を集結させていく、すると・・・
バチッ・・・!
空間にプラズマのような光がいくつも出来始めた。
そして、4人の魔法が牢屋と牢屋を雷のように繋いだ。
「もうちょい!たぶんもうちょい!!」
4人が全力で力を込める・・・
4人を繋ぐ光がどんどん強くなっていく・・・。
・・・・バチバチッッッ!!!!!!
空間に妙な音が響きわたったかと思うと、すごい閃光で視界が覆われる。
粉塵が煙に混じって天使たちの鼻をつく。
光が収まり、徐々に視界が戻ってきた。
そうして、そこには・・・・。
ぽっかり穴の空いた鉄格子が目の前にあった。
だが・・・
その穴は徐々に自動修復しはじめた。
「マズイ、出るぞ!アルベ、りんご、ソッテ!!」
4人は慌てて牢屋から飛び出る。
程なくして牢屋の鉄格子が元に戻ってしまった。
「・・なんて魔力だ。兵が牢屋を見張らなくとも、逃亡させない自信があったんだな。」
ダンテは鉄格子をまじまじと見つめていた。
「でもこの魔力はどっから来てるのかな~こんな強い魔法始めてみたー」
アルベもつんつんと鉄格子をつついて確かめている。
「・・・それは、ぼくたちの魔力が元になっているからです。」
突然の見知らぬ声に、慌てて天使たちは声の元を探す。
よくよく見れば、牢屋には何人もの人が収容されており、
声の主はダンテたちがいた牢屋の左隣の牢屋にいた。
青年の顔には大きな縫い目があり、四肢の中で左手だけが唯一存在していた。
その異様な姿に、アルベはぎょっとする。
「・・ああ怖いですか?そうですよね。戦争でこうなったのではないんです。生まれつきこうなんです。
兄は五体満足の至って健康な体なのに、どうしてぼくだけこうなのか自分でもわかりません。」
青年が話しかける横で、牢屋の人々がざわついていた。
その間、天使たちはりんごの足のことで揉めていた。
「・・・いりません、私の不手際などで大切な治癒の羽を使ってはなりません!」
「いや、りんごのせいじゃないだろ、そもそもあの川を無理矢理渡ろうって言ったアルベが・・・」
りんごとソッテの会話にアルベが入ってきた。
「アルベのせい~!?だってあの崖渡らないと兵士たちに捕まってたよ!!」
「・・・いや、俺が悪い。りんごの足を治そう。」
一番後ろで冷静に低い声がした。ダンテの声だ。
しかしりんごは断固として拒否した。
「まだ牢屋からも逃げられていないのに、治癒の羽を使うのは早計です。私は義足をつけましたので、もう歩けますし走れます。」
りんごの固い意志に、ダンテとソッテは折れるしかなかった。
確かに、治癒の羽が無くなってしまっては危機に陥った時、完全にどうしようもなくなってしまう。
「そういえば、ローザに治癒の羽使えばよかった!」
アルベが突然飛び上がってダンテに叫んだ。
「・・・・・。」
ダンテは黙っている。
「治癒の羽使えばローザも元気になったかも~忘れててくやし~!!」
地団太踏むアルベをよそに、ダンテは沈黙を続けていた。
あんなに安定装置が近くにありながら、ローザは目覚めなかった。
治癒の羽を使わずとも安定装置の力で俺たちの回復魔法は治癒の羽並みに絶大だったはず・・・。
もしあの安定装置との距離で魔法をかけても目覚めないのなら、たとえ治癒の羽があっても・・・。
「ね、牢屋を抜け出したらローザのとこへ行って治癒の羽を使おう!今度こそ・・」
アルベの勢いある提案にダンテは生返事をした。
それを聞いていたりんごとソッテがローザについて尋ねてきたので、ローザが半天使によって瀕死状態になって岩陰で眠ったままだということをダンテが説明した。
天使がそうこうしているうちに、牢屋のざわめきが収まってきた。
囚人の一人が、天使がしたように魔力を集結させてここを出よう、と提案したのに対し、ほかの者の意見もそれで纏まったようだった。
収容者の脱出に天使たちの協力を求められ、ダンテ以外が了承した。
収容者と天使たちが力を合わせ、魔力が集結していく。
やがて牢屋の鉄格子があちこちで破壊された。
その鉄格子が修復される前に急いで逃げる収容者たち。
牢屋は鉄格子から抜け出た収容者でごった返していた。
天使たちもその収容者たちの渦の中にいる。
収容者の誰かが部屋の扉を力付くでこじ開けようとしたが、うまくいかず、何人もの魔力を集結させてついに部屋の扉までこじ開けることに成功した。
すぐそばにいたイピ兵が慌てて攻撃するも、収容者の方が数が多く、イピ兵は退却を余儀なくされた。
収容者たちは皆で力を合わせてイピ兵の援軍が来る前にここから逃げるということになった。
すでに脱獄者たちの大軍団が出来上がっており、天使たちが奮闘せずとも、流れに身を任せるだけですんなりと外まで出られてしまった。
・・・が、外に出た瞬間、脱獄者たちの2倍はいるであろうイピのローブ兵に取り囲まれた。
イピのローブ兵は魔法に卓越した兵士だが、青年によれば、あの牢に収容されていた人々も、高い魔力の持ち主らしく、それゆえにイピの動力源にされようとしていたのだとか。
「お前らーー!こっから逃げ出すぞー!いいか、一点突破だ。いけーーーーっっっっっ!!!!!」
収容者の一声で、皆が一斉に取り囲んだ兵士の中の一カ所を集中攻撃する。
あまりの勢いに、イピ兵は成す術無く倒されていく。
だが流石に兵士の数が多いため、天使たちも必死でイピ兵の攻撃をくい止めた。
「・・・穴が空いたぞ!!走れーーーー!!!!!」
大きな声とともに、一カ所だけぽっかり空いたイピ兵とイピ兵の間を収容者たちは攻防を繰り広げながら駆け抜ける。天使たちもそれに続く。
青年はカートのようなものに乗り、女性がそれを動かして逃げていた。
りんごは馴れない義足を賢明に動かし、転けそうになるのを杖で必死にカバーしながら走り抜ける。
収容者たちは息が切れてへとへとになっても限界まで走り続け、ようやくイピ兵から逃げきった。
一行は大きな岩が沢山あるところで隠れながら休憩していた。
ある人は見張りをしてくれ、ある人は食事の準備をしている、ある人は疲れて座り込み、ある人は楽しそうに雑談していた。
そんな中、天使たちは改めて、あの牢屋と収容者のことを聞いてみた。
「ぼくたちはイピや周辺の国々で拉致された者たちです。どの人も高い魔力を持っていて、いずれイピの兵器として活用するのだとイピの兵士さんが言っていました。」
アルベは興味津々に、青年の姿を見ている。
「こんな体で不便じゃない?」
「不便というか、生まれつきこの体なのでぼくはなんとも。ただほかの人を見ていると、
ぼくが出来ないことが沢山できて良いなとは思います。」
青年は楽しそうに取っ組み合いを始めた収容者たちを一瞥した。
「そっちの人は?」
アルベは少年をカートに乗せて運んでいた女性に目をやった。
「・・・その方は会話が出来ません。代わりにぼくが話しますので・・。」
それを受けて、アルベが少し戸惑い気味に、青年に尋ねた。
「えっ・・なんで、会話出来ないの?」
「幼い頃に性的虐待を受けたのが影響しているんだと・・。下手に触れると殺されてしまいますよ。」
青年にさらっとそう言われて、言葉を失うアルベ。
青年はさらに続けた。
「ぼくが彼女の自殺を止めた頃は、辛うじて会話が出来ていたんですが・・。
ぼくの育った家に連れていき、ぼくの家族がこの上ない愛情を注いでくれたんですが、何年経っても彼女は悪くなる一方でした。
一度ひどい目に遭わされてしまったら、その時が過ぎても、傷は永遠に心を蝕んでいくんですね。」
青年は光を失った女性を悲しそうに見つめた。
「彼女の中では、夜が来る度強姦を繰り返しされるようで、夜になるといつも泣き叫んで暴れています。」
ダンテはまるでそれが、ヴァイオレットのようだと思った。
傷が彼を蝕み、どんどんと闇へ落ちていき、手が着けられなくなる。
やがて周りのものすべてを殺すまで彼の暴虐は止まらない。
ダンテはヴァイオレットのことを、やんわりと青年に話してみた。
「その方はよほど長期に渡って虐待を受けたんじゃないでしょうか。
そして本当の意味で彼の存在をわかったり認めたりしてくれる人が、彼にとっては1人もいなかった。」
「・・・治す方法はないのか?」
「・・・治す、方法ですか。
出来事は一瞬、傷は一生モノです。
罪を犯してしまった者がどれだけ償おうと元には戻らないのと同様、
傷を負ってしまった者にどれだけ愛情を注ごうとも本人の心に届かなければ同じことです。」
彼は嘲笑めいた口調で自分の左手を見つめた。
彼が唯一持つ左手も、心の傷の前ではどうすることも出来ない。
青年のあまりの暗い話にアルベが嘆きと怒りの表情を見せたので、青年はこう繕った。
「すべては闇が生んだものです。
戦争という抑圧と暴虐に晒されて、人々の心が病み、その暴力がより弱いものへと流れていくんです。
女性や子供、少数民族。そしてぼくのような障害者。
弱者はどんな時でも暴力の標的になります。
これは人々の精神が健康になり成熟を見せないと
いつの時代になっても止まることはないでしょう。
これは世界の悲鳴が具現化された現象のひとつなのですよ。
今の秩序が不自然で、人々にとって最適でないゆえに起こること。
皆恐怖とストレスを抱えながら毎日を過ごし、身近な人が戦争で亡くなり、そして故郷を追われる。
この社会全体のストレスのはけ口は、いつか誰かに出るんです。
それは必ず弱者なんです。」
天使たちは黙したままそれを聞いていた。
天使たちにはどうすることも出来ないものだった。
世界がどれだけ闇に包まれていようと、どれだけの人が虐げられていようと、天使たちは世界に直接介入することが許されていない。
ただより豊かで幸せな方向へ知らず知らずのうちに人々を導く、その権限しか与えられていない。
間違った方向に進む人々を直接止めることも諫めることも出来はしない。
「すみません、暗い話ばかり。ついでに何ですが、彼女にはくれぐれも触れないであげてくださいね。
誰かが振れてしまったら皮が剥けるまで触れたところを地面に擦りつけて綺麗にしようとするので。」
そういえば女性の体には至る所に傷があり、四肢のほとんどが布で巻かれて覆われている。
「この布は私がそうするようお願いしました。この布は必ずあなたを守ってくれる布だと言い聞かせて。」
布が・・守る、アルベがそれを聞いて不思議そうにしていると、青年は再び口を開いた。
「ことばは魔法です。毒にも薬にもなる。心に直接届く唯一のものが、ことばの魔法だと思うんです。
ずっと罵られると、それがさも本当のことのように思い始めるし、
ずっと賞賛されると、自分は賞賛されるにふさわしい人間だと思い始めるでしょう?」
「んー、アルベは褒められた方が元気でるかなー」
それを聞いて、青年は小さく笑った。
「ぼくも褒められるのは好きです。でもずっと褒められ続けたいとは思いません。人は簡単に自分を見失い自惚れる生き物ですから。」
「自惚れるとネペのように痛みも感じなくなるんじゃないか?」
ダンテは岩の上に腰掛け、皮肉めいて言った。
「・・・ネペ?」
青年が聞き返したので、ダンテはオンズトパス族でイピの精鋭部隊隊長だと説明した。
「あの人でしたか。・・・大きな力と心の闇が結びつくと人は誤動作を起こし始めます。あの人からもそれと似たようなものを感じますね。」
ネペの心の闇・・?
そういえばオンズトパス族は少数種族で虐殺された歴史があるとネペが言っていたが・・。
闇か、今の戦争を勃発させている源も、もとを辿れば心の闇が原因なんだろうか。
支配欲、出世欲、性欲、正見なき原始的な欲がこの世に闇をもたらし、人々を虐待し、戦争し、闇を生み続けているのだろうか。
闇の被害を受けた者はさらに闇を拡大させてしまう。
闇も光も連鎖する。一度その渦に入ってしまうと、容易には止められない。
「・・・お、おい!!すごい軍勢があっちから来た!!」
「なに!?こっちからもだぞ!?」
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