[8]狂想ドデカフォニー(page17)
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先日の村でイピの詳しい地図を探してみたのだが、見当たらなかった。
もしかしたらロンバヌの兵が買い占めた可能性もある。
増大していく不安を振り払いながら、ダンテたちはボートを漕ぐ。
しばらくして、向こう岸が見えてきた。
見た限り人らしき影は見当たらない。
正直暗くてあまりわからないのだが。
こちらが暗くてわからないのなら、もし人がいたとしても向こうからもこちらの姿がわからないということだ。
コトン、と小さな音を立て、無事ボートが岸に接地した。
一行は辺りを見回す。
状況も地理も、何もかもわからない。
「・・こっちだ。」
ネペがいつものように先導し、ダンテたちはそれについていく。
ロンバヌがイピを攻めるとすれば、まず国境付近にある要所サプザを落とさなければならないから、サプザへの道を西に大回りして避けてアズロス村を目指すとネペに説明された。
道の途中、アルベが定期的に愚痴るのをローザがなんとかフォローしながら、だいぶ長い距離を歩いた。
小さな丘をいくつか越え、砂利道を下り、峠を4つほど越えた。
途中賊に襲われたが、腕の立つネペとダンテの力があれば余裕で勝てた。
ネペは思いの外強かった。
素早い動きと身のこなし、戦いに慣れていた。
「はぁ・・・まあ、あの雑草だらけでかゆかゆ~~~~い山道よりマシかぁ~」
アルベはロンバヌ城脱出の後逃げ込んだ山道がよほど堪えていたようだ。
ネペとダンテの歩行スピードはとても速い上淡々としすぎていて、ローザとアルベはついていくのも大変だった。
特に長旅に慣れているのか、ネペの脚力は異常だった。
時折ローブからネペの赤黒い足が垣間見えるが、男顔負けの筋肉量だ。
疲労によって言葉数が減った中、ダンテは突然こんなことを言った。
「ネペ、お前・・・軍人だな?」
「・・・・なぜそう思う?」
ネペは足を止めて、ダンテを見返した。
「・・・気配を察知する敏感さ、素早さ、手練れた戦闘、
そして妙なまでに地勢と情勢に詳しい。判断力も人一倍優れている。」
「・・はは、それだけで軍人とは。」
「・・・・違うのか?」
ネペは黙ってダンテを見た後、再び歩き始めた。
「この坂を越えればアズロス村だ。私はここで失礼するよ。」
「えっ・・・ネペ一緒に来ないのー?」
アルベの引き留めに、ネペは振り返らずこう言った。
「君たちと旅が出来て楽しかった。また会おう。」
アルベはそのままどこかへ行ってしまった。
「・・・へんな人・・。」
「あまり深追いしない方がいいだろ。」
寂しがるアルベと裏腹に、ダンテの顔は険しかった。
アルベが何故かと問う。
「見ただろ、あの人並み外れた戦闘力、持久力、忍耐力、判断力、そして土地勘。情勢の知識。」
「ふふふ、ネペすごい人だったね、お陰でアルベは楽出来ておたすかりーーー♪」
「俺が思うに、あいつはイピがロンバヌに送り込んだ諜報員だ。
何らかの事情でイピと連絡が取れなくなったか、イピに帰国出来なくなったんだろ。」
「・・・だから、魔力の強そうな私たちを利用したのね。」
ローザも冷静だ。アルベだけが変な顔をしている。
ヴァイオレットはそもそも無関心そうだ。
「いずれにせよ、気を許すと危険な相手だ、わかったなアルベ?」
「・・・んな、なんでアルベだけ・・・。」
この世界に来てからというもの、油断したら騙されて、浚われて、拷問されて、信じるなと言われ、警戒を怠るなと言われ、ずっと殺伐としている。
どこにも気の休まる場所がない。
あたりは戦乱の気運に満ち、混乱と荒廃と暴虐の痕がある。
喜びや活気、信頼を力の糧とする天使たちにはとてつもなくきつい世界だ。
なによりこんな世界では力が思うように出せない。
来る日も来る日も歩き続け、逃げて、警戒して。
泣き言をまともに言う暇すらなかった。
りんごやソッテのことを心から心配し、捜索するゆとりすらなかった。
天使たちは諦めと妥協を強いられ、この世界に慣れるにつれて、知らず知らずのうちに、光が失われていった。
それとともに、天使たちが本来持っていたはずの、強大な力もどんどん失われていく。
天使たちは、自分たちが本来どれほど偉大で、崇高な力を持っていたかも忘れ始めていた。
「・・・あたしたち、何のために旅してるんだろ。」
アルベがぽつんとそう呟く。
「安定装置を取り戻す為だ。あれがあれば俺たちも天界へ帰れる。」
「そっか・・・天界へ・・・・帰れるんだ。」
アルベに僅かに希望の光が宿る。
「・・・じゃあ、ソッテとりんごは?」
ローザが低い声で尋ねた。
その瞬間、アルベがまたもとの暗いアルベに戻る。
「エネルギーが完全に失われてなければ、天使たちが復活を試みてくれるだろう。
いずれにせよ俺たちが早く帰らねば、それすらも不可能になる。」
ダンテがそういうと、アルベは黙ってしまった。
しばらくして、アルベが一番前へ飛び出して、先を急ぐよう急かした。
そうこうしているうちに、アズロスの村が見えてきた。
少し活気が無いが、一応宿屋もあり、食事も出来るようだ。
何日も歩き続けた天使たちは、一晩ここで宿をとることにした。
「あーーーーー!!もうイヤ!帰りたい!!」
アルベが騒ぎ始める。
臭いシーツ、体中がちくちくして、虫に刺された痕がいくつもある。
食べ物はいつも粗末で、毎日毎日歩き続け、何も楽しいことがない。
野宿は過酷で、見張りの交代によって夜中でも起こされる。
森の野宿はもっと過酷で、いつも獣の声に怯えながら寝なければならない。
何が楽しくてこんな旅を続けなければならないのか。
ストレスが日に日に蓄積され、誰一人楽しそうな顔をしていない。
皆、無意識のうちに俯きがちだ。
久しぶりのまともなご飯すら、風土や文化の違いのせいで口に合わなかったり、質素すぎたりして、美味しくない。
食べられるだけでもありがたいと思うときも勿論ある。
だが何か、心のエネルギー源が明らかに枯渇しているのが、天使たちもわかっていた。
「あたしこのままだったら装置取り戻す前にくたばっちゃいそうー」
ぼけーーとしながらアルベがそう言う。
「・・・・・・・。」
ダンテは黙ってそれを聞いている。
ローザも黙ってはいるが、顔がひどく窶れている。
ヴァイオレットも窶れてはいるが、何も喋らないので何もわからない。
さっきから黙っていたダンテだったが、何かに気付いて、口を開いた。
「俺には治癒の羽が6人分渡されているんだ。」
「・・・治癒の羽?」
「あの安定装置に勝るとも劣らないすごい光を秘めた結晶体のことね。」
アルベの疑問にローザが答える。
「・・・そう、そして、1枚目をそこの半天使に使った。残りは5枚だ。」
「あ、じゃあそれをあたしたちに使えば、あたしたち元気イッパイなカンジ~♪になれるの?」
「・・・さあな、元気一杯になったかどうかはそこの半天使に聞いてくれ。」
アルベとダンテとローザの視線が一斉にヴァイオレットを指す。
ヴァイオレットは初めて顔を上げた。
でも黙ったままだ。
そんなヴァイオレットを一同が見つめている。
「ねえ・・ヴァイオレット、ずっと喋らないのは、まだ拷問の傷が癒えていないからじゃない?」
ローザが心配そうに尋ねる。
ヴァイオレットはローザから目を逸らした。
ずっと沈黙が続いたままだが、ローザはまだ諦めない。
「・・・ねえ、ヴァイオレット、何か話してくれない?
私に、何か出来ることはない?」
ヴァイオレットは拒絶するように余計に俯いてしまった。
そのヴァイオレットの痛々しい姿をみて、ローザは会話を試みることを諦めた。
「・・・ごめんなさい。でも、いつでも何でも言ってね。あなたが言いたくなった時でいいの。」
ヴァイオレットは反応しない。
アルベも困ったような顔で黙ってローザのやりとりを見ていた。
「・・まあ、この治癒の羽は、完全に死んでしまうと使えない。僅かでも息のあるうちに使うんだ。
お前たちが各自使い時をよく考えて使えばいい。」
そう言って、ダンテはそれぞれに治癒の羽を渡した。
ヴァイオレット、ローザ、アルベにそれぞれ羽を一枚ず渡し、ダンテの元に羽が2枚残った。
その2枚は・・・りんごとソッテの為に使うべきものだった。
ダンテは静かにその2枚の羽を握りしめる。
「俺は安定装置を取り戻せる見込みが出来た時、この羽を使う。それまでは温存しておくつもりだ。
たとえ道中どれだけ疲労困憊してもだ。」
ダンテの言葉に、アルベは頷き決意を固めたようだ。
ローザも自分の羽を見つめながら考えている。
「・・・もう、前へ進むしかないのかもしれないわね。」
ローザはそう小さく呟いた。
「・・・でも、次どこに行けばいいのかなー?」
アルベが疑問を呈した。
「とりあえず不死身の戦隊がいるヤンゴンだろ。イピとの交戦中なら不死身の戦隊をこの目で拝めるかもしれない。」
ダンテの言葉に、アルベは顔を顰めた。
「それ危なくないーー?不死身の兵隊さんが襲ってきたらアルベどうしてよいのやら。」
アルベに余裕が戻ったのか、おどけて両肩を竦めて見せる。
「安定装置に近づけば、そういうことも増える。むしろそれを覚悟で向かうしか装置を回収する手だてはないだろ。」
ダンテの言葉をアルベは言い返さず聞いていた。
そして、次の目的地はヤンゴン、そのためここから西へ向かうことになる。
一行は翌朝身支度を整え、宿屋の扉を開いた。
だがその時・・・・。
ガチャッッ・・・
鋭利な刃物の先端が、一斉に天使たちの首付近に突きつけられる。
そこにはフードを被った何人もの人。・・そして。
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